インターネットの使い方では、情報をいかに速く見つけられるかということが重要だった。、知りたいことを、いくつかのキーワードに集約して、膨大な検索結果のページを辿り、必要な情報を見つける技術を磨いた。検索は、反射的に行う行動となり、データ収集、比較、そして意思決定へとつながる一連の流れだった。だが、その時代は終わろうとしているようだ。
今や反射的に、生成AIに質問を投げる。それが、単純に例えばエアコンの買い換えで機種を選択する時でさえそうだ。
つまり、「情報を探す時代」が終わり、「答えを直接求める時代」になった。調査によれば、3000万人のアメリカ人がすでに、検索エンジンではなくChatGPTやPerplexityとの対話を選んでいるという。彼らは情報ではなく、意思決定に直結する答えそのものを求めている。これは、私の最近の行動と同じだ。日本でのデータは無いが、同じような行動が増えているはずだ。
インターネット登場後、Google誕生以前から、30年以上続いた、キーワードを打ち込み、リンクを比較し、決断するという検索習慣が、変わろうとしている。従来の検索では「軽量ノートパソコン 10万円以下」と打ち込むのが精一杯だった。しかし、今や「頻繁に出張するビジネスマンで、最低128GBのRAMが必要。Macを希望するが、パフォーマンスが優れていればWindowsも検討する。予算は10万円以下、バッテリー持続時間が長ければ12万円まで出せる。何を買うべきか、その理由も教えて」と尋ねる。
この行動の変化は、情報検索行動ではない。文脈を持った対話であり、答えはリンクの羅列ではなく、パーソナライズされた回答だ。この効率性は、大きな時間の節約で、かつ見落としなどがないと信じられるから、大きな進歩だ。
Bain & Companyの調査によれば、アメリカの消費者の80%が検索の40%以上をAIだけで完結させ、ウェブサイトへのアクセスなしで情報を得ているという。別の調査では、60%のユーザーがどのサイトにも遷移しないと報告されている。かつて90%を超えていたGoogleのシェアは2024年10月時点で89.3%まで低下し、10年ぶりに90%を割り込んだという。
読んだ記事では、このような傾向を、Prompt Economy(プロンプトエコノミー)と呼んでいた。このパラダイムシフトは、人々の思考、学習、買い物、そして意思決定のプロセスそのものを変えつつある。
プロンプトエコノミーの世界では、答えを得るために時間をかけない。生成AIに対する優れたプロンプトで、単なる情報量ではなく、具体的な答えを求める。この違いを一度体験してしまうと、従来の検索のやり方は、ひどく手間がかかり、非効率に感じられるのは当然の流れだ。
すでに、アメリカの消費者の約11%、およそ3000万人が「プロンプト・エコノミー・プロ」と呼ばれるユーザーになっている。
見逃してはいけないのは、プロンプト・エコノミー・プロたちは、AIを既存のツールに追加しているわけではないことだ。完全に置き換えているのだ。54%が「何を買うべきか」を見つける古い方法を完全にまたはほぼ置き換えたと回答している。これは、私も経験済みだ。自然と生成AIに聞いている。これまでのように、GoogleやECサイトに直行する代わりに、生成AIのプロンプトから始める。
広告業界に訪れる地殻変動
この変化が広告・メディア業界にもたらす影響は、壊滅的と思われる。これまで、インターネットを支配した広告モデルは、検索エンジンに発見されることを前提に構築された。検索広告、ディスプレイ広告、コンテンツマーケティング。すべてが、消費者が検索し、比較し、クリックするという習慣に依存してきた。
しかしプロンプト・エコノミーでは、生成AIによる直接の回答が中心になる。消費者や企業がウェブサイトに到達する前に、生成AIが、情報の編集と選別を行う。その統合に含まれない情報のビジネスは、存在しないも同然となる。
日本広告業協会(JAAA)も2024年に、生成AIの普及が、クリエイティブやプランニングの効率化・標準化の加速をもたらし、広告ビジネス全般のプロセス変革を引き起こしていると声明を発表した。
ゼロクリック時代の到来
GoogleもAI Overviewsを導入し、ユーザーは複数サイトを訪問することなく、直接情報を得られるようになっている。Google AIモードが導入され、従来の検索結果からサイトへ訪問する行動は減少し、AIが直接情報を提供する流れが主流になる。Googleの危機感は、AIモードなどへの広告を急速に進めている。
プロンプト・エコノミーでは、検索広告よりAIが優先され、CTR(クリック率)は大幅に低下する。ゼロクリック検索の増加とトラフィックの減少は、広告代理店やメディアの伝統的なビジネスモデルの根幹を揺るがす。多くの代理店は、SEO対策によるオーガニック流入の増加や、クリック課金型(PPC)広告の運用効率を価値提供の中心に据えてきた。しかし、その前提となるクリック自体の数が減少すれば、これらのサービスの価値も毀損される。
新たな広告モデルの萌芽
一方で、プロンプト・エコノミーは新しい収益機会も生み出しつつある。生成AIを活用した広告クリエイティブの自動生成では、企業がユーザーの購買データをもとに、AIが500種類のバナーを自動生成し、人間のチェックを経て最適な3パターンを配信しているというような例もあるという。
電通デジタルが提供する「∞AI(ムゲンAI)Ads」は、過去データに基づきバナーや動画広告を自動生成して効果最大化を図るサービスだ。Meta(旧Facebook)は「infinite creative」という構想を示しており、AIで無数の広告クリエイティブを自動生成・最適化する時代が近づいている。
また、SEOに代わって、LLMO(Large Language Model Optimization)という新たな概念も登場した。AIによる回答でブランドが頻繁に言及されることで、消費者の記憶に残りやすくなり、指名検索や直接流入の増加、ブランド信頼性の向上が期待できる。AI回答で言及されたブランドは詳細情報を探す際に直接検索される可能性が高まり、平均CPCの低減にもつながる。これは「AI言及→指名検索→購買」という新たな顧客導線の構築を意味する。これが、新しい広告サービスの追加となるのかもしれない。
この変化はショッピングに限定されない。プロンプト・エコノミーは、情報に基づいて構築されたあらゆる産業で価値創造の方法を根本から変えるだろう。インターネット普及以来、インターネットは情報経済を動かしてきた。その中心は発見可能性だった。検索、メディア、コンテンツ、広告。すべてのモデルは、情報を必要とし、それを探す人々を中心に構築されていた。
しかし、SNSの普及も含めて、データの爆発の時代が到来した。もはや情報へのアクセスは容易ではない。フィルタリング、編集、パーソナライズする時間は限られている。
プロンプト・エコノミーはその問題を解決する。人々が以前は自分で何日も何週間も何ヶ月もかけて行っていた編集と整理を提供する。情報を取引するあらゆるビジネスは、同じことに直面している。人々はもはや情報を収集したくない。ピンポイントで必要な情報だけを求めているのだ。。
プロンプト・エコノミーは、これまでの情報探索プロセスをバイパスして、答えを直接提供する。このようなプロンプト・エコノミーによるゼロクリック行動で、広告やメディアが大きな変化の時代を迎えている。
