オーバーつリズムの記事を読んだ。3700万人。2024年に日本を訪れた外国人観光客の数だ。以前は2500万人を目標としていたことを考えるとすごい数だ。その消費額は8兆円を超え、政府は成功と胸を張る。だが、本当にそうだろうか。2030年には6000万人という途方もない目標を掲げながら、新幹線の大型荷物置き場ひとつまともに整備できていない国が。
朝日新聞の世論調査では、日本人の76%以上がオーバーツーリズムを「問題だ」と感じている。この数字が示しているのは、観光産業を成長戦略の要に据えると謳いながら、肝心の受け入れ体制整備を怠ってきた政府と自治体の無策にほかならない。
4月にアメリカ人の友人と広島から倉敷、直島、なら、京都と旅行したが、大型荷物については本当に困った。仕方ないので新幹線では多少は席が広いグリーン車に乗って座席に収容したりした。
京都市が実施した市民意識調査では、90%の住民が市バスの混雑や観光客のマナー違反による悪影響を指摘している。「友人が来たときしか観光しない」「ほとんど行かない」と答えた市民が合わせて約半数に達し、自分たちの街でありながら観光を避ける姿が浮かび上がる。こうした事態を、単なる過渡期の混乱と呼んでいいのだろうか。訪日外国人観光客の3割以上が過度の混雑を経験したと答えているデータもある。観光客にとっても住民にとっても不快な状況、それが今の日本の姿だ。
政府は2023年10月に「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を決定し、158億円の補正予算を計上した。これの有効性には疑念がある。中身は地方への誘客促進や手ぶら観光の拡充といった周辺的な施策ばかりだからだ。肝心のインフラ整備、例えば公共交通の増便や多言語対応の徹底、大型荷物対応設備の拡充─は置き去りにされたままである。だから、この今のオーバーツーリズムの問題が解決しない。
新幹線の大型荷物対策は、政府の対応の遅れを象徴する好例だろう。3辺合計160センチを超える荷物を持ち込む際には「特大荷物スペースつき座席」の事前予約が必要だが、これが導入されたのは2020年だ。しかも、座席数が十分かといえば疑問が残る。海外からの観光客が大型スーツケースを持って移動するのは当然の前提なのに、整備は後手後手に回っている。この程度の対応さえ遅れるようでは、6000万人という目標がいかに現実離れしているかがわかる。
飲食店の現場でも混乱は続いている。多くの店舗が言葉の壁に直面して、注文確認やメニュー説明がままならないまま、外国人客を断る店すら出ている。多言語メニューやセルフオーダーシステムの導入が推奨されているが、それは本来、個々の飲食店が負担すべき課題ではない。観光を国策として推進するなら、政府が先頭に立って多言語対応の標準化や補助金制度を整備すべきだった。ところが現状は、民間の努力に丸投げしているだけである。
政府の目標は壮大かつ明確だ。2030年に訪日客6000万人、消費額15兆円。だが、この野心的な数値目標には、受け入れ体制の現実と整備が反映されていない。2024年から毎年9.4%ずつ観光客を増やし続ける計算だが、外国人観光客の受け入れ改善が追いついていない現状で、どうやってこの成長率を維持するのか。富士山では入山規制と予約システムが導入され、1日4000人の上限が設けられた。こうした場当たり的な対応が、全国の観光地で繰り返されている。
京都の事例は、政府の無策がもたらす帰結を端的に示している。市バスは観光客で満員となり、地元住民が乗れない。不動産価格は高騰し、住民向け店舗は閉鎖され、街の日常が観光産業に飲み込まれていく。それでもなお、政府は、住民の生活を守る具体策を打ち出さない。観光を成長産業に位置付けるなら、住民との共生こそが最優先課題のはずだが、その視点は驚くほど欠落している。
オーバーツーリズムは、自然発生的な現象ではない。観光客を呼び込むだけ呼び込んで、受け入れ体制の整備を怠ってきた政府と自治体が生み出した人災である。新幹線の荷物置き場ひとつ、飲食店の多言語対応ひとつ、そして住民の足である市バスの増便ひとつ、こうした基本的なインフラ整備さえできないまま、6000万人という数字だけが一人歩きしている。住民の76%が問題視し、京都市民の90%が悪影響を感じているこの状況を、いつまで放置するつもりだろうか。
新幹線や空港で見かけける大量の外国人観光客。驚くほどの数だ。円安で廉価な観光地と考えられているのだろう。それは、20世紀に日本人が安いからとアジア各国に出かけたのと同じ構図だ。
だが、一方で先週出かけた山陰地方では、全く外国人観光客を見かけなかった。それは、当然で、有効的な観光客誘致がされていないことと、外国語対応などが全くなされていないからだ。日本には良い観光地が奈良・京都以外にもたくさんある。これらの地方に分散させてオーバーツーリズの緩和という視点も必要だろう。
このまま、今のオーバーツーリズムが続けば、奈良・京都などを中心に地元住民の生活の質は下がり続けることになる。
