AIの世界では巨大なモデルが主流だ。これらは膨大なデータとパラメーターを持ち、データセンターで動作する。しかし、その巨大さゆえに、動作には、膨大な電力と強力な計算資源や高速なインターネット接続が不可欠で、クラウドでの利用が前提だ。
そんな中、MIT発のスタートアップ、Liquid AIが発表した「Liquid Nano」モデルは、この常識を覆す存在だ。数億から数十億という、既存の巨大モデルと比べてはるかに少ないパラメーター数ながら、特定のタスクにおいては大型モデルを凌駕する性能を発揮するという。
Liquid Nanoモデルの最大の特長は、スマートフォンやノートパソコン、さらにはロボットなどのデバイス上で直接、動作することにある。これにより、クラウド経由でAIを利用する際に生じる様々な課題が一挙に解決される。
オンデバイスAIがもたらす3つの革命
1. プライバシー革命
データをクラウドに送信する必要がないため、機密情報や個人データが外部に流出するリスクが大幅に軽減される。顔認証、音声アシスタント、医療データ処理などの機密性が要求される分野において、この利点は決定的だ。これは、プライバシーに敏感な個人や企業にとっては、大きな魅力だ。
2. コスト革命
Liquid AIのCTO、Mathias Lechner氏は「ゼロ限界推論コスト」を実現すると述べている。一度デバイスに導入すれば、API料金や通信費用が発生せず、企業の運用コストを劇的に削減できる。
3. 速度革命
ネットワーク通信の往復時間を完全に排除することで、リアルタイム処理が可能になる。自動運転車の瞬時判断、リアルタイム翻訳、ライブ画像処理など、遅延が許されないアプリケーションで真価を発揮する。
4.オフラインでの利用
インターネット接続が不安定な場所でも、AI機能が利用できる。災害時や通信インフラが未整備な地域でもAIが活躍する可能性を秘めている。
Liquid Nanoは、性能面でも優れている。例えば、「LFM2-1.2B-Extract」モデルは、20倍も巨大なGoogleの「Gemma 3 27B」を多言語データ抽出タスクで上回るという。また、日英語翻訳モデルでは、GPT-4oに匹敵する性能を誇るという。
Liquid Nanoモデルの登場は、今後のAI競争のあり方を大きく変える可能性を秘めている。それは、これまでAI開発は、より大きなモデル、より多くのパラメーターを目指す「規模の競争」だったからだ。しかし、Liquid Nanoは「性能と効率のバランス」を重視する「スマートな競争」へと舵を切るきっかけになるかもしれない。
Liquid Nanoモデルで、AIの主戦場はクラウドからユーザーの手元へと移るかもしれない。デバイス上での新しいAIを創造できる企業が、これからのAI競争のある領域をリードしていくことになるだろう。