企画力を育てる授業を過去5年間担当してきた。その授業を組み立てる際に悩んだのは、自分が、どのように考えているのかというメタ認知が全くなかったことだ。長く企画書を書き、アイディアをひねり出し、クライアントとやり合ってきた身として、どこかで教えるのもその延長だろうと高を括っていた。ところが、それをどのように教えるかということが見当もつかなかった。
授業の設計を始めた当初、やっていたのは、情報を足すだった。企画とは何か、フレームワークの種類、成功事例、考え方のステップ。自分が実務の中で使ってきた言葉や手順を、学生向けに整理し、分かりやすく並べ直す。聞けば分かるはずだと信じていた。
にもかかわらず、しっくりこなかった。パワーポイントは、きれいに構成されているが、どこか無味乾燥に見えた。それで、この授業は、知識の伝達の問題ではなく、配線の問題なのだと思い始めた。つまり、生に知識を渡すことではなく、頭の中の点と点が結び直されることをまったく設計していなかった。
このとき初めて、知識が増えることと、企画という気づきが起こることは別物なのだと理解した気がする。理解したつもりかもしれないが、その感覚の差異ははっきりしていた。
企画を二つのフェーズに分けてみる
そこから、自分の過去の経験を棚卸しし、本を読み返しながら、企画という行為をいったん解体してみることにした。そうして見えてきたのが、最終的な企画に至るプロセスを二つに分けるという枠組みだった。第一のフェーズは、解決すべき課題を発見する。第二のフェーズは、その課題を解決するアイディアを生み出す。この二段構えにしたのは、自分の現場経験が、企画が弱いときの犯人は、たいてい発想力不足ではなく課題設定の甘さだと教えていたからだ。
仕事の場では何度も見た。もっとアイディアを出せと言われる場面で、出てこないのは、本人の頭が固いからでも、センスがないからでもない。そもそも、何を解くべきかが曖昧なままなので、出てくるべきアイディアが存在していない。真の目的が分からないから、解決すべき課題を設定していないからだ。そう考えると、授業の最初にやるべきなのは、アイディアの出し方を教えることではなく、どの問題を問題と見なすのかという眼の作り方だと見えてきた。
そこで課題発見のフェーズでは、批判的思考・論理的思考・水平的思考の三つを軸に置いた。ここで意識したのは、説明することより、体験させることだ。概念だけを聞いても、学生にとっては、それっぽいカタカナで終わってしまう。だから授業では、短く説明した後、必ず課題を投げる。個人で考え、グループで話し合い、最後になぜその課題が真の課題だと思うのかを言語化させる。このプロセスで起こってほしかったのは、正解を当てる快感ではない。別の視点が入った瞬間に、自分の見方がズレる感覚だ。
自分の主張が、他者の指摘であっさり崩れることもあるし、逆に補強されて強くなることもある。その揺れこそが、気づきの引き金になる。それを学んでほしかった。だから、学生が分かったような顔でうなずいているときよりも、一瞬黙り込み、言葉を探しているときのほうが、授業としてはうまくいっているのではないかと思うようになった。沈黙が、配線が組み替わることなのだと感じる瞬間がある。
アイディア発想は「無から有」ではなかった
一方で、アイディア発想の第二フェーズになると、自分自身が行き詰まった。自分は普段、どうやってアイディアを出しているのか。説明しようとすると、言語化できなかった。
そんなとき、大学時代のある授業の記憶が、ふと立ち上がった。フランス文学の翻訳者として知られる江口清先生の授業で、先生が繰り返し口にしていた「日の下に新しいものなし」という言葉だ。オリジナルは無から生まれない。新しさとは、組み合わせであり、移植であり、領域をまたいだ換骨奪胎である。そういうニュアンスで話されていた。フランス語は身に付かなかったが、その言葉だけは覚えていた。
考えてみれば、自分が仕事でやってきた発想も、いつもそこに戻っていた。ゼロから捻り出すのではなく、過去の経験や知識の中から、今の状況に使える部品を拾い、並べ替えて、新しい意味を立ち上げる。例えれば、スマホの普及で影が薄くなったポータブル音楽プレーヤーの技術を、ノイズキャンセリングという一点に特化させ、集中力を高めるためのデジタル耳栓として再定義するような発想だ。これは、既存の技術という遺産を、ストレス社会での集中力維持という別の文脈に移植した行為であり、まさに盗むタイプの発想だと言える。
この瞬間、自分の中で二つの点がつながった。教え方が分からないという現在の悩みと、新しさは組み合わせであるという過去の教え。この結びつきこそが、自分にとっての大きな気づきだった。新しい知識を得たわけではない。すでに知っていた言葉が、目の前の授業設計という文脈の中で、まったく別の意味を持ち始めたのだ。
そこから、オズボーンのチェックリストをはじめとする既存の発想法も、単なるテクニック集ではなく、組み替えを強制的に起こすための装置として見直した。フレームワークは天才の代用品ではない。自分の頭の中の点を、普段ならつながらない方向へと結びつけるための配線盤のようなものだ。そう考えると、発想法を教えることに対する抵抗感も、少し和らいでいった。
ゴールは「いい企画」ではなく、見え方の更新
ここまで来ると、授業のゴールそのものが変わってくる。学生にそれなりに形になった企画を一本書かせることが目標だった。むしろ、企画とは何かという概念そのものの見え方が変わることのほうに関心が移っている。言い換えれば、企画書という完成品の出来ではなく、判断基準が更新されたかどうかを見たいとなった。
AIがそれらしい文章や構成をいくらでも生成できる時代には、なおさらだ。整ったアウトプットだけでは、学びの有無が測れない。必要なのは、思考のプロセスに重点を置くことだと思うようになった。
こうした問いを自分の言葉で一行でも書ける学生は、知識の足し算から「意味の編集」へと入りかけている。事実やフレームワークを知っているだけでなく、それらをどのように切り取り、つなぎ替えれば意味が変わるかを意識し始めている。その一行こそが、教育としての気づきの核だと感じるようになった。
授業づくりそのものが、企画のプロセスだった
振り返ってみると、自分の授業づくりそのものが、一つの企画プロセスだったように思う。課題を見つけ、解決策を考え、実際に試し、失敗し、修正する。その連続の中で、いちばん大きかった学びは、気づきは説明で渡せないということだった。どれだけ丁寧に話しても、それだけでは人の配線は組み替わらない。気づきは、体験としてしか起こらない。だから教師の仕事は説明することではなく、その体験が起こりうる場面を設計することなのだと思うようになった。
学生に知る瞬間を増やすより、学生の中で点が線になり、線が構造へと立ち上がる瞬間を増やしたい。企画力とは、突き詰めれば、まったくの無から新しいものを生む力ではない。すでに持っているものを、別の意味で使い直す力だと考えるほうが、現実に近い。学生は、無から有を生み出すような魔法を創造性に期待してしまうが、多くは、既存の要素の新しい組み合わせに過ぎない。
そう考えると、この5年間でいちばん変わったのは、学生ではなく自分のほうかもしれない。企画を教える授業を企画する。その二重構造の中で、自分自身が、企画とは何かとか、新の課題は何かとか、学びとは何かという問いに、毎年少しずつ、別の角度から気づき直している。よく言うように教える、教えることは、学ぶことだという言葉だと実感を持つ。授業は、学生のためだけの場ではない。教師自身の配線が組み替わる場でもあるのだと思う。
