「テレビが終わる」という言葉は、もう10年以上前から繰り返されてきた。だが今、その予言はようやく数字として現れはじめた。特に2026年3月は、その歴史的に重要な出来事になるだろう。それは、WBCがNetflixで広告付きで独占配信されるからだ。
2024年の日本の総広告費は7兆6,730億円と過去最高を更新した一方で、インターネット広告費だけで3兆6,517億円に達し、全体の47.6%を占めるまでになっている 。地上波テレビの広告費は構造的な減少が続いており、ある試算では2030年には1兆円を割り込む可能性すら示唆されている 。総広告費が膨らむ中でテレビのパイだけが縮んでいくという事態は、単なる不景気ではない。広告費が減少しているのではない。確実に移転しているのだ。
視聴者が「老いていく」という構造的問題
10代・20代の約半数はほぼテレビを見ない。それは、普段から学生と話していると如実だ。これは未来の話ではなく、今の現実だ。視聴者層の高齢化が進むにつれ、広告主にとっての地上波の価値も特定層向けのメディアへ位置付けが変わってゆく。若い購買層にリーチしたい広告主が予算を切り替えていくのは、合理的な判断だ。
そこに登場したのが、CTV(コネクテッドTV)だ。TVer、Netflix、Amazon Prime Video、ABEMAといったサービスがスマートテレビや各種デバイスを通じて茶の間のスクリーンを占有しはじめ、従来のテレビ視聴とデジタル広告の境界線を静かに溶かしている 。TVerの広告売上は2024年度に前年比221%増、2025年度上期も前年同期比206%という二期連続200%超の異例の伸びを記録した 。月間ユーザー数は4,460万MUBに達し、広告主数は2,138社を超えた 。単なるトレンドとして片付けるには、数字が大きすぎる。
日米の「54倍」差という現実
もっとも、日本のCTV市場がすでに成熟しているわけではない。米国のCTV広告市場が約380億ドル(5.7兆円)に達しているのに対し、日本は約7億1,600万ドル(1,050億円)にとどまっている。その差、実に54倍だ 。背景には、モバイルファーストという文化的土壌や、国内サービスとグローバルプラットフォームの分散構造、統一的なCTV広告市場が形成されにくい業界の慣習がある 。
ただ、この数字を見て「日本には伸びしろがある」と楽観するだけでは不十分かもしれない。日本市場は別のロジックで動いている部分もあるからだ。
代替ではなく、統合へ
グローバルな広告市場で起きているのは、CTVが地上波を駆逐するという単純な物語ではない。米国の調査では、CTV/OTT広告主の70%が2026年に予算を増やす予定で、平均増加率は17%にのぼる。さらに、リニアTV(地上波・BS)とCTVを統合的に運用するチームが全体予算の55%を管理するまでになっており、広告主の80%が、両者を組み合わせることでブランド指標とパフォーマンスの両方が改善すると実感していると報告されている。テレビかデジタルかという二項対立は、すでに古い問いだ。
戦略の枠組みが、メディアの選択から広告メディアのエコシステム全体の設計へと移行しつつあるのだ。
広告主にとっての民主化
これまでテレビCMは、莫大な予算を持つ大企業だけの特権だった。しかしCTVの普及は、地域のローカル広告主にこそ新しい扉を開く可能性を持っている。県域全体に流れるテレビCMは無駄打ちが多すぎると感じていた地方の住宅メーカーや地元ECの事業者にとって、この地域の、住宅購入を検討している30代という粒度で動画広告を届けられる環境は、かつては想像すらできなかった。
調査でも9割近い広告主が、CTVはローカルマーケターにとっての主要チャネルになると回答している。日本に置き換えれば、この動きは地方局が長年築いてきたローカルCMの独占的な供給構造を直撃する可能性がある。地方メディアの最も深刻な課題は、実はそこに潜んでいるかもしれない。
「断片化」という壁
CTVの世界に広告主が殺到する一方で、積み残された問題もある。YouTubeがあり、TVerがあり、Netflixがあり、各局のアプリもある。ユーザーには選択肢の楽園だが、広告主にとっては重複のないリーチの計算や統合的な効果測定が至難の業となる断片化の壁だ。アメリカではCTV広告主の97%が「プレミアムな動画環境での広告はROIを改善する」と回答しており、品質へのこだわりは強い。しかしその品質を横断的に管理するための一元化されたプラットフォームは、まだ十分に整備されていない。日本では当然にまだだ。
AIによるリアルタイム最適化への期待は高まっているが、それを2026年中に広く利用できると信じている広告主は44%にとどまっている。技術への期待と現実のギャップを見ておく必要がある。
WBCとNetflix——日本のメディア史の転換点
そして2026年3月、この地殻変動を象徴する出来事が起きた。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)全47試合が、日本ではNetflixによる独占ライブ配信となったのだ 。地上波はもちろん、NHK・BSでも試合映像は流れない 。WBCを観たければ、Netflixに加入するしかない。
前回2023年大会の決勝戦が最高視聴率46%を記録し、国内で5,000万人以上が画面に釘付けになったことを思えば、その落差は際立っている 。大谷翔平がマウンドに上がった瞬間こそ、テレビというメディアが持つ一億総体験の力を最後に証明したコンテンツだったかもしれない。そのコンテンツが今回、まるごとCTVに移った。
広告のルールが書き換わる
注目すべきは視聴方法だけでなく、広告の仕組みにある。NetflixのWBC生中継では、通常は広告が挿入されないスタンダードやプレミアムのプランに加入していても、ライブ配信中は全員に広告が入る 。イニングをまたぐ形での広告挿入は、まるで民放のスポーツ中継をそのままCTVに移植したような構造だ。
放映権料は150億円(?)とも報じられており 、その回収は広告収入と新規加入者の拡大という二輪で支えられる。Netflixがジェイク・ポール対マイク・タイソンのボクシング中継やNFLクリスマスゲームで積み上げてきたライブスポーツ×CTV広告の方程式を、日本市場に本格的に持ち込んだ瞬間だ 。これは単なる技術的な仕様変更ではない。プラットフォームが、広告なしの聖域を自ら解除してまで国民的イベントを囲い込むという、ビジネスモデル転換の宣言とも読める。
反比例が孕む矛盾と可能性
ただ、ここには構造的な逆説がある。2023年大会の視聴者層は70代以上が最も多く、年齢が下がるにつれて関心が薄くなる傾向があった。一方、Netflixの主要ユーザーは若年・中年層が中心だ。WBCの熱狂的なファン層とNetflixのユーザー層は、ほぼ反比例している 。
この矛盾が解消されるかどうかが、CTVの広告モデルが日本市場で真に機能するかを測る試金石になる。高齢のWBCファンがNetflixへの加入を決断すれば、それは新たなCTV層の開拓だ。若いNetflixユーザーが大谷翔平を通じてWBCと出会えば、スポーツコンテンツのリーチが世代をまたいで広がる。どちらに転んでも、CTVにとって意味のある実験になることは間違いない。
地上波が長年独占してきた国民的スポーツイベントという聖域に、初めてCTVが踏み込んだ。NTVを始めとして、民放各局が対抗特番を打てずNetflixをアシストする側に回っているという現実は 、そのパワーバランスの変化を如実に示している。
メディア戦略の再設計へ
これだけの変化を整理すれば、今後のメディア戦略に必要なのは微調整ではなく、発想の根本的な組み替えだとわかる。
- 地上波・BSはリーチの総量より、質と文脈で評価し直す。高関与層への信頼性メディアとして再定義する
- CTV(TVer・Netflix等)はデジタルの精度を持つ「テレビ体験」として、若年・中年層への主力接点に育てる
- 統合計測体制を構築する。「リニアとCTVのどちらが効いたか」ではなく「どう組み合わせるか」を問う
- ローカル市場では、地方局のネットワークとCTVを組み合わせたハイブリッド展開が現実的な次の一手となる
2029年までに日本のテレビ所有世帯の約90%がスマートテレビを持つという予測がある 。その時点でCTVは「新しいメディア」ではなく、単に「テレビ」になっている。テレビが老いていくのだとすれば、それを嘆くより、その隣で育ちつつある新しい視聴習慣をどう設計するかに知恵を注いだほうがいい。視聴者が動いた先にこそ、広告の居場所がある。2026年のWBCという出来事は、その居場所が今ここにあることを、数字よりも雄弁に証明したように思う。
