日本人は悲観的

by Shogo

Ipsosの調査で、日本はアジアの他に国に比べて国の将来に悲観的だという記事を読んだ。

Ipsos「What Worries the World」とは

Ipsosの「What Worries the World」は、10年以上継続されている大規模な定点調査だ。 2025年12月版は2025年11月21日〜12月5日に実施され、16〜74歳の代表サンプル24,656人を対象としている。 オンライン調査を基本とし、インドのみ一部対面調査を組み合わせる形をとっている。「何が心配か」という懸念の設問に加え、「自国経済をどう評価するか」「国の進む方向は正しいか」という二つの体温計を毎回測定するのが特徴で、世界の気分の変化を時系列で追跡できる。

2025年12月調査の全体像

直近の結果を見ると、2025年は「不安の中身が変わった年」として記録されるかもしれない。世界全体の懸念トップは、長年1位だったインフレを抜いて「犯罪・暴力」が32%と首位に立ち、インフレ(30%)、貧困・社会的不平等(29%)、失業(28%)と続いた。 移民問題への懸念は8年ぶりの高水準(19%)に達しており、英国などで顕著な上昇が見られた。​

「自国は正しい方向に向かっている」と答えた割合は、30カ国平均で41%。前年から4ポイント上昇しており、数字だけ見れば楽観がわずかに回復した。 ただし、楽観は地域によって大きなばらつきがある。アジア太平洋諸国が上位に固まる一方、フランス(10%)やペルー(21%)は深刻な水準にとどまった。


アジアの温度差、一目でわかる

「正しい方向」30カ国平均との差
シンガポール82%+41pt
インドネシア75%+34pt
マレーシア69%+28pt
インド62%+21pt
韓国58%+17pt
30カ国平均41%
日本43%+2pt

数字を並べると、アジア内の温度差の激しさがよくわかる。シンガポールの82%と日本の43%は、同じアジアという言葉でくくるのが気恥ずかしくなるほど開いている。 韓国も58%と平均を大きく上回り、この一年で「正しい方向」派に転換したと報告されている。 日本は平均をかろうじて上回っているが、アジアの上振れ組と比べると、どうしてもくすんで見える位置だ。

同じアジアでも、なぜここまで差がつくのか

アジア各国に「上振れ」をもたらしているのは、景気の良さだけではない。経済評価の設問を見ると、「自国の景気が良い」と答えた人はシンガポール78%、マレーシア74%、インド73%、インドネシア52%と全体感と連動している。 経済成長の実感が方全体の向感の楽観とセットになっているわけで、いわば財布と未来像が同じ方向を向いている状態だ。​

しかも、これらの国々には人口増加と都市化という、成長する物語が同時進行している。昨日よりも今日のほうが豊かだという体験が積み重なれば、人は自然と参照点を昨日に置く。昨日より良ければ、明日も良いはずと、楽観の土台になるだろう。

韓国の58%も興味深い。政治的混乱が2024年末に起き、社会が揺れた後、年をまたいで、正しい方向へ転換したと報告されている。 困難を経た後の回復という物語が、数字を押し上げた可能性がある。​

日本の「財布」が追いつかない

一方の日本は、「景気が良い」と答えた人がわずか15%、「景気が悪い」が85%に達する。 方向感では平均をかろうじて上回っても、手元の財布の感覚はまったく別の話をしている。これは、個人的にも同意できる感覚だ。​

その苦しさは統計でも確認できる。2025年の実質賃金は前年比マイナス1.3%と、4年連続のマイナスになった。 名目賃金が2.3%増えても、コメを筆頭にした物価の上昇がそれを上回ってしまった。 賃金が、名目では上がっているが実質では目減りしているという状態は、誰もが体感でわかっているだろう。

内閣府の消費者態度指数は2026年1月で37.9と低水準で、 1年後の物価が「上がる」と見ている人は91.3%に達している。 期待が値上げ前提に固定されると、将来像は自然と防衛的になる。​

縮む人口

アジア各国との比較でもうひとつ見落とせないのが、人口動態の向きだ。インドネシア・インド・マレーシアといった高楽観国は、いずれも人口増加局面にある。成長のストーリーを描きやすい地盤があるうえに、若い世代が多ければ未来は遠い話ではなく、自分ごとになるのは自然だ。

対して日本は、2024年の出生数が720,988人と過去最低を更新し、死亡数が162万人と、新生児1人に対して死者が2人超という報道が繰り返される。その数字が物語として効いてしまう。成長のストーリーは証拠がなければ信じられないが、縮小のストーリーは想像できれば信じてしまう。この非対称性が、悲観を頑丈にする。

信頼のインフラが薄い

三つ目の層は、制度への信頼の問題だ。Edelman Trust Barometer 2025では、日本の平均信頼率は37%と28カ国中最下位だ。 政府・メディア・NGO、すべてのカテゴリで「不信」のゾーンに入っており、特に政府とメディアへの信頼は28カ国中最下位だという。​

同じニュースが、制度への信頼のある国では希望として受信され、信頼の薄い国ではリスクの予兆として受信されるのだ。シンガポールの高楽観は、経済の好調さだけでなく、政府への相対的な信頼度の高さとも無関係ではないだろう。​

心配の「質」が違う

Ipsos調査では、世界全体の主要な懸念として犯罪・暴力(32%)、インフレ(30%)、貧困・社会的不平等(29%)、失業(28%)が上位に並ぶ。 日本でもインフレへの不安は31%と世界平均とほぼ同水準だが、「貧困・不平等」への懸念がやや上振れしている。

アジアの高楽観国では、インドを例にとると、インフレ・失業・犯罪・腐敗と懸念の幅は広いが、それでも「国は正しい方向だ」という前向きな評価と共存している。 心配の多さと楽観は、必ずしも相殺されない——問題があると知りながらも「良くなっていく途中」と感じられるかどうか、その差が大きい。日本の悲観は、突発的な恐怖ではなく、可処分所得の圧迫×格差への不満×将来負担の想像がじわじわ慢性的に効いているタイプだと読める。爆発的な恐怖ではなく、じっとりとした閉塞感——それが日本的悲観の質感だ。​

「悲観」は性格か、設計か

日本人の悲観はよく「謙虚な国民性」や「慎重な気質」として語られる。でもここまで数字を追ってきた感覚では、それは性格の問題ではなく「期待の設計」の問題だと思う。実質賃金が4年連続で目減りし、 人口は統計的に縮み、制度への信頼は最下位圏に沈んでいる。その環境に置かれれば、社会のメンタルモデルはやがて良くなる証拠を探すより、悪くなる兆候を早く探す方向へ最適化されていく。​

結果として、明るさを表明することがむしろ無神経かつ無知見える社会ができあがる。将来は「希望」ではなく「リスク管理」として語られ、43%という数字が平均をかろうじて上回っても、肌感として悲観が残る理由はそこにある。アジア諸国と比べると悲観的だが、欧州各国と同水準ということで、日本だけが悲観的とも言えない。だが、未来が明るいとは思えない。個人的にも、多くの日本人と同意見だ。

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