「ステマ」という言葉が、どこか後ろ暗い響きを伴って浸透してから久しい。2023年秋に導入された景表法のステマ規制は、誠実さの義務化を求めた。あれから2年あまり。広告関連の表現で最も嫌いなのは、SNSに流れる「個人の感想」だ。これは、ステマ規制を逃れるための魔除けのようなものと感じてしまう。
この1月に、クチコミマーケティング協会(WOMJ)が発表したガイドラインの改訂は、こうした時代の空気を捉えている。今回の変更で最も目を引くのは、企業に属する「中の人」が発信する際のルールだ。
表向きは「消費者庁の動向を踏まえ、より現実に即したもの」とされるが、そこにはステマ規制導入から2年3カ月が経過して見えてきた、広告透明性への歩みがあると思われる。
なぜクチコミは効くのか
そもそも、なぜ業界はこれほどまでにクチコミマーケティングに固執するのか。答えは単純で、それが驚くほど効果的だからだ。日本国内の調査では、クチコミによる購入経験を持つ消費者は9割以上に達し、約5割の購買行動にクチコミが影響を与えている。アメリカの事例だが、マッキンゼーの調査では、クチコミが購買決定の主要因子であると報告され、マーケティング担当者の64%がクチコミを最も効果的な手法だと考えていると報告されている。
その機序は、信頼性の質的な違いにある。企業発信の広告は「売りたい側」のメッセージとして消費者に受け止められるが、友人や家族からの推奨は利害関係のない「経験者の証言」として処理される。ニールセンの調査では、友人が推奨した製品を購入する確率は77%も高まる。母親や親友が「この商品が私のペットの命を救った」と語る言葉は、どんなマーケティング部門のメッセージよりも心に刺さる。これは単なる情報伝達ではなく、感情と体験を伴った「リアリティの共有」だ。
社員投稿の曖昧さを正す改訂
ガイドラインの改訂で、最も注目すべき変更は、社員が自社製品について投稿する際の関係性明示だ。旧版では「私は○○○の社員です」という表記で済んでいたものが、新版では「私の所属する◯◯◯の商品を宣伝します」へと変わった。一見些細な文言修正に思えるかもしれないが、ここには重要な視点の転換がある。
従来の表記は社員という立場の明示に留まっていた。しかし消費者庁の解釈では、単に所属を述べるだけでは不十分で、「宣伝行為そのもの」を明示する必要があるとされた。言い換えれば、「私はこの会社の人間です」ではなく「私はこの商品を広告しています」と伝えなければ、受け手は広告だと認識できない可能性があるということのようだ。この変更は、関係性の開示が、所属の明示から行為の透明化へとシフトしたことを示している。
ガイドライン改訂の背景
2023年10月のステマ規制導入以降、消費者庁は複数の企業に措置命令を下してきた。ロート製薬や大正製薬といった大手製薬会社が、インフルエンサーを使った投稿で「PR表示」を怠ったとして処分を受けている。これらの事例が蓄積されるなかで、業界団体としてのWOMJは自主規制の精度を高める必要に迫られていた。
改訂されたガイドラインでは、他にも関係性明示の方法がより詳細に規定された。たとえば「#PR」などの関係タグは必ず投稿の先頭に配置すること、大量のハッシュタグの中に埋もれさせないこと、動画では概要欄だけでなく動画内で明示することなど、具体的な禁止事項が列挙されている。これらは消費者庁の運用実態を反映したもので、ガイドライン策定時には想定されていなかった「抜け穴」を塞ぐ意図があるそうだ。
アメリカFTCガイドラインとの比較
一方、アメリカの連邦取引委員会(FTC)は、インフルエンサーや社員による広告投稿について、より厳格で具体的なルールを長年運用してきた。FTCガイドラインでは、物質的つながり(material connection)がある場合は必ず開示が必要とされ、社員が自社製品について投稿する際にも「明確に雇用関係を開示する義務」が課されている。
注目すべきは、FTCが違反1件につき最大51,744ドル(約750万円)の罰金を科す権限を持つ点だ。なぜ、この数字に端数があるのか由来は知らない。
日本のステマ規制では課徴金制度の対象外とされており、措置命令と事業者名の公表が主な制裁となる。これは、リピュテーション的な意味があるが、アメリカのような金銭的ペナルティの有無は、企業のコンプライアンス意識に影響があるだろう。
また、FTCは開示方法についても厳密だ。「#ad」「#sponsored」といった略語的表現は不十分とされ、「I work for [Company Name]」のように明示的な文章での開示が推奨される。日本のWOMJガイドラインも「#PR」などの関係タグを認めているが、アメリカの基準からすれば、まだ曖昧さが残るといえるかもしれない。
アメリカでは企業には社員教育プログラムの整備と継続的なモニタリング義務が求められ、違反投稿は速やかに削除または修正しなければならない。日本ではこうした企業側の体制整備までは法令で義務付けられておらず、あくまで業界自主規制の範囲に留まる。
残された課題
今回のWOMJガイドライン改訂は前進ではあるが、いくつかの問題も残している。最大の懸念は、あくまで「業界自主規制」である点だ。WOMJ会員企業は遵守義務を負うが、非会員企業には直接的な拘束力がない。景品表示法という法律の枠組みは存在するものの、その運用は消費者庁の判断に委ねられ、強制力が十分とは言えない。
また、グローバル展開する企業にとって、日米のガイドラインの差異は運用上の混乱を招く可能性がある。アメリカ向けには厳格な開示を行い、日本国内では緩やかな基準で済ませるという二重基準は、企業倫理の観点からも望ましくないだろう。
さらに、消費者側の認知度の問題もある。「#PR」というタグが広告を意味すると理解している消費者はどれほどいるだろうか。業界の自主規制がどれだけ精緻になろうとも、受け手である消費者がその意味を理解していなければ、透明性の向上にはつながらない。この点では、業界団体としての啓蒙活動が必要だと考えるが、業界団体が、そこまでやるとも思えない。
それでも、日本の広告業界は、透明性への道を歩み始めている。WOMJのガイドライン改訂は、その一里塚に過ぎない。本当は、アメリカのFTCのような強制力を持った規制と、消費者教育の充実が伴って初めて、「正しく情報を知る権利」が守られるのではないだろうか。
