ミュンヘン安全保障会議が開かれて、アメリカとEUは表面上は関係を取り繕ったが、アメリカが政策を変えるわけでないから、EUは自立した安全保障を考えているいるようだ。それは、パリやベルリンが攻撃されても、ニューヨークやワシントンDCを危険に晒してまでアメリカが救いに来ないことが自明だからだ。その同じ理屈で言えば、台湾が攻撃され、日本も巻き込まれてもアメリカが助けてくれることはないと理解すべきだろう。その意味では、最近の政府の言動は悪手だ。本当にアメリカが助けてくれると思っているのだろうか。
日本も軍事力強化をしろと言っているわけではない。アメリカの機嫌を損なわない範囲で、近隣諸国との関係を維持すべきだと言っているのだ。これは、かなり難しい綱渡り的外交だが、政治家にはそのような手腕を期待したい。
それはさておき、ミュンヘン安全報告書2026(テーマは「Under Destruction」)が公表されている。この調査は、各国およそ1,000人規模の成人を対象に2025年11月に実施され、リスクを0〜100でスコア化している。単なる「怖い/怖くない」ではなく、影響の大きさ、悪化の方向性、深刻度、差し迫り度、備えの感覚という複数次元で測るのが特徴だ。つまり、ここに出てくるのは、客観リスクというより、国民の主観の安全保障だ。
各国が直面する脅威は、影響度、深刻度、切迫性、軌道、そして準備態勢という五つの次元から各国国民のリスク認識を明らかにしている。
国別に見ると、環境危機に怯えるのがブラジルだ。ブラジルでは気候変動が78ポイント、異常気象と森林火災が77ポイントという数値を記録した。インドも気候変動を53ポイント、自然生息地の破壊を51ポイントと評価している。いわゆるグローバル・サウスの国々にとって、環境問題はもはや将来の懸念ではなく、今日を生き延びるための現実と理解されているのかもしれない。異常気象やアマゾンの縮小と、モンスーンの乱れ。それぞれの国土に刻まれた傷跡が、数字となって現れている。
ドイツと英国では、サイバー攻撃が最大の脅威として認識され、それぞれ75ポイントと74ポイントという高いスコアを示した。AIとデジタルセキュリティへの不安が、かつて産業革命を牽引した国々を覆っている。インフラがデジタル化すればするほど、攻撃の表面積は広がり、脆弱性は増していく。サイバー空間での防衛という概念は、もはや軍事の範疇を超えて、社会の基盤そのものを守る闘いになったわけだ。
日本は経済・金融危機を70ポイントで最も重要なリスクとして挙げており、英国(70ポイント)、米国(67ポイント)も同様の懸念を示している。米国ではさらに政治的分極化が67ポイントと高く、社会の分断が国家安全保障上のリスクとして認識されている点が特徴的だ。カナダでは貿易戦争への恐れが68ポイントに達し、異常気象と森林火災が65ポイントで続いた。経済と環境という二つの不安定性が、北米の国境を越えて類似している。
中国の回答は独特だった。米国を38ポイント、貿易戦争を31ポイントと評価し、地政学的摩擦が安全保障観を形づくっていることを示した。ただし報告書は、専制国家における世論調査の困難性を指摘し、回答者が自由に意見を表明できない可能性があるとして、中国のデータは慎重に解釈すべきだと警告している。
日本が抱える不安
日本にとって、経済危機への懸念は単なる景気循環への不安ではない。少子高齢化が加速し、財政赤字が膨らみ続ける中で、経済的な脆弱性は国家の存続そのものに関わる問題として捉えられている。主要な産業が消えている現状は将来に悲観的になっていることは誰でもわかる。
日本の安全保障は、第二次世界大戦終結以来最も厳しく複雑だと政府は繰り返し表明してきた。三つの核保有国である中国、ロシア、北朝鮮が隣接し、その軍事的挑発は年々激しさを増している。北朝鮮のミサイル実験はここ数年で記録的な水準に達し、その多くが日本周辺の海域に着弾した。2024年には中国とロシアが日本周辺での軍事演習を強化し、領海や領空への侵犯も発生している。
さらにロシアによるウクライナへの全面侵攻は、日本の安全保障の理解を根底から揺さぶった。多くの人が、今日のウクライナが明日の東アジアになるかもしれないと感じている。私も含めてだ。だからと言って、軍事力だけでは解決できることではない。
報告書が「破壊の途上」というタイトルを選んだ背景には、改革よりも破壊を好む政治勢力の台頭が明白だからだ。ロシアは依然として欧州とNATOにとって、最も重大かつ直接的な脅威であり、ウクライナ侵攻は、欧州の協調的安全保障構造を破壊し、領土一体性を脅威的かつ明白な形で侵害したと報告書は強調している。
そして、その列にアメリカも加わった。ベネズエラ侵攻やグリーンランドの問題も国際秩序の破壊の途上ということをさらに強調することとなっている。世界は、もはやかつての安定した秩序はなく、19世紀的な弱肉強食ということだ。
2025年版の報告書には「日本:新しいノーマル」と題された章が設けられ、そこから日本が取るべき方向性について示唆している。報告書は、日本が「自由主義的国際秩序の主要な受益者」として、単極的世界の終焉と多極化する秩序に特別な懸念を抱いていると指摘している。
しかし、安全保障の問題は、顕在化しているにしても、日本人がそれより経済・金融危機を最大の脅威としていることに、最近の国の雰囲気を感じる。
