前世紀のバブル時代、深夜のテレビでは、轟音とともにマシンが走り抜け、実況の古舘伊知郎が叫んでいた。「音速の貴公子、アイルトン・セナ!」。フジテレビがF1の全戦中継をしていた。F1は人気コンテンツだった。
中嶋悟が日本人初のフルタイムドライバーとして参戦し、鈴木亜久里もグリッドに並んだ。 セナとプロストの一騎打ち、ホンダエンジンの咆哮、そして鈴鹿の満員スタンド。1991年の日本グランプリは視聴率が20%を超え、深夜帯でさえ10%近くを叩き出すという前代未聞の数字を記録したこともあった。
F1はフジテレビにとってのキラーコンテンツであり、バブル期の日本文化のひとつの象徴でもあったと思う。
しかし熱狂は続かなかった。1994年のサンマリノGP、セナの事故死の後で、F1は輝きを失っていった。日本企業の撤退が相次ぎ、視聴率は右肩下がりを続けた。 フジテレビは2012年、地上波放送の終了を発表し、「F1のフジ」という看板はCS放送の片隅へと静かに移された。
ここには、テレビというメディアの構造的問題が、すでに顕在化していた。コンテンツの人気低下と、放映権料の高騰と、若い視聴者の離反。どれか一つならまだしも、それが同時に押し寄せた。民放が国際スポーツ中継から手を引いていくのは、フジテレビだけの話ではなかった。この流れが、今も続いている。
Appleの3億ドルの広告
F1の再点火に、予想外の火付け役が加わった。Appleだ。2025年6月、ブラッド・ピット主演の映画「F1 ザ・ムービー」が全世界で公開された。製作費2億ドル超、ジェリー・ブラッカイマーがプロデュースした大作だ。 実際のグランプリ開催中のサーキットで撮影し、全10チームと現役ドライバーが全面協力した。映画館ではなく、Apple TVで見た。面白かった。やはり、F1は面白いと、個人的にも再認識した。大画面で見るべきだったと後悔した。
マーケティング戦略も異次元だった。iPhoneをかざすと振動する予告編、App Storeのトップ画面を占拠したバナー、Apple Payと連動した割引プッシュ通知。 Appleは自社エコシステム全体を動員して映画を宣伝し、ティム・クックCEOは「撮影にはiPhoneのカメラ技術と同じものを使った」と語っていた。F1映画をiPhoneのプロモーションにも活用したのだった。 結果、興行収入は5億ドルを超え、ブラッド・ピット主演映画史上最高を記録した。 「Appleは映画を作ったのではなく、3億ドルをかけた広告を作った」と業界メディアに書かれた。
再点火のとき
そして2026年、フジテレビがF1の日本国内における独占放送・配信権を5年間にわたって取り戻した。地上波での放送は11年ぶりの復活だ。 フジ社内には「F1ブームアップ委員会」が発足し、FODやCS「フジテレビNEXT」を組み合わせたマルチプラットフォーム展開で全24戦を届ける体制を整えたそうだ。 この再参入の背景には、F1自体の復活がある。Netflixの「Drive to Survive」で始まり、Appleが火をつけてグローバルのテレビ視聴者数は約15億5000万人に達した。 2025年のグランプリ現地観戦者数は670万人と過去最大を記録し、F1は人気コンテンツとして復活した。
アメリカ自動車産業も参入
2026年はもうひとつの大きな変化が起きている。アメリカの二大自動車メーカー、GMとフォードがF1に同時参入した。GMはキャデラックとして独自チームを立ち上げ、フォードはオラクル・レッドブル・レーシングとのエンジンパートナーシップという形で加わった。
広告メディアとしてのF1
F1のビジネスは今、年間40億ドルの収益規模に達し、LVMHのモエ・エ・シャンドン、ルイ・ヴィトン、タグ・ホイヤーを束ねたパートナーシップが象徴するように、ハイブランドにとっても他に代えがたいプロモーションの場になっている。F1のオーディエンスは年収7万5000ドル超・25〜44歳という、広告主が最も欲しがる層と重なるという。
かつてフジテレビが売っていたのは「広告枠」だった。しかし今のF1が提供するのは、ストーリーだ。キャデラックはドライバーとの独占インタビューや、AR体験、ファクトリーツアーのコンテンツをソーシャルメディアに展開し、インフルエンサーにピットレーンへのアクセスを与えてバイラルを狙う。これを、フジテレビは、どのように活用するだろうか。
Appleが映画のなかに実在スポンサーを忍び込ませ、劇中の架空チーム「APXGP」の看板にメルセデスやIWCのロゴを掲げたように、広告と物語の境界線はもはや溶けつつある。これが、プロダクトプレイスメントだったかどうかは、調べたが分からなかった。これはF1に限った話ではなく、コンテンツマーケティングが向かっている方向そのものだ。
フジの賭けが問うもの
逆風下のフジテレビが、高騰した放映権料を払ってまでF1に戻ってきた判断は、懐古趣味ではないだろう。スポーツ生中継という消費期限のあるコンテンツは、録画やサブスクが支配するメディア環境でも、リアルタイム視聴の価値を保ちやすい数少ないジャンルだ。 FODを通じたサブスクリプション収益と地上波の広告収益を組み合わせるモデルは、テレビ局がコンテンツプラットフォームへと脱皮しようとする試みでもある。
かつて、深夜の画面でセナが走った頃、フジテレビはひとつの文化を作った。あれから約40年、Netflix、Apple、そしてSNSが新しい熱狂を生み出した先で、今度はどんな物語を見せてくれるのか。今やF1はただのレース観戦以上の意味を持って見えてくるはずだ。
