IMCの再定義

by Shogo

広告業界で働いていると(他の業種でも同じだろうが)、その時々で流行になる言葉がある。ポジショニングだったり、ブランディングだったりした。その中の一つに、IMC(Integrated Marketing Communications)があった。

統合型マーケティング・コミュニケーションと訳されて、1990年代の前半にマーケティング業界を席巻した。電通がオリンピックやFIFAワールドカップを核に、テレビCMからイベント、雑誌広告まで使ったキャンペーンを一気通貫で企画した。すべてのチャネルやメディアで、同じキャッチコピーやデザインでキャンペーンを行うことが、IMCと呼ばれた。しかし、それは、その時点でも新しいことでもなかった。それより前から、行われていた一般的な手法に名前がつけられただけだった。

しかし、その言葉はじわじわと忘れられていった。企業が上から目線で押し付ける、一貫したメッセージは、スマホ・インターネット時代では有効性が失われたのかもしれない。

広告会社の組織の縦割り、効果測定の不透明さ、代理店・媒体・制作の分業構造などが重なって、IMCはいつしか、総花的で実体のないスローガンへと実体を失ったのかもしれない。

しかし、その考え方そのものは間違っていないと思っている。それに一つの回答を得た。ピュブリシス・グループが立ち上げた「Influential Sports」という会社だ。これは単なる新部署の誕生ではない。かつてのIMCへの新しい取り組みだ。

データとクリエイターで組み直す「統合」

Influential Sportsの構造は、実にシンプルだ。だが、以前のIMCに比べて、ネット時代を反映して内部は複雑化している 。

2024年に約五億ドルで買収したクリエイター・エージェンシー「Influential」、膨大な消費者データを持つ「Epsilon」、そしてスポーツ専門組織「Publicis Sports」の三者を束ねたのが、Influential Sportsだ 。さらに2025年5月には15万以上のクリエイターネットワークを持つ「Captiv8」を追加買収し 、クリエイター基盤は一気に1,500万人規模へと膨らんでいる。数字の大きさより注目したいのは、Epsilonのデータとクリエイター情報を接続させるという設計思想だ。誰がではなく、このファン層を動かすのは、具体的にどのクリエイターかを選び出す仕組みへ、転換しようとしている 。

1990年代のIMCがメッセージの整合性に重心を置いたのに対し、Influential Sportsが前面に出すのはスピードと計測可能性だ。キャンペーンメッセージなどの表面的な統合ではなく、データとコンテンツのインフラとしての統合が根本的に異なる点だと思う

スポーツが「文化の現場」になった

なぜ今、この動きなのか。

現代のスポーツファンはもはや、試合のハイライトをニュースで受動的に見ない。TikTokの舞台裏動画に熱狂し、Discordのコミュニティで勝敗の余韻を共同編集する。Deloitteの調査によれば、プロスポーツ選手のファンの71%がオンラインコミュニティに参加し、57%がファンダム内のクリエイターと交流しているという 。スポーツは放送枠から文化の現場へと変質している。試合のダイジェストより、選手本人がスマホ越しに発した一言の方が、はるかに大きな熱量を運ぶ時代だ 。

その変化を早々に活用した広告主が、ユニリーバの「ダヴ」だった。元NFLスター、マーシャウン・リンチがサッカーのトリニティ・ロドマンとトレーニングキャンプで交流するドキュメンタリー風の映像は 、ロゴよりも選手たちの素の表情を前面に押し出した。スポンサーシップのアクティベーション手法が、時代を反映して変わってきている。

「買収の連鎖」が描く布石

ここ一年のピュブリシスの動きを並べると、戦略が浮かび上がってくる。

  • Influential買収(2024年):クリエイター・ネットワークとデータポイントの大量取得
  • Captiv8買収(2025年):1500万クリエイター規模のプラットフォームとソーシャルコマース機能を追加
  • Bespoke Sports & Entertainment買収:スポーツ特化の制作・運営ノウハウを内製化
  • Women’s Sports Connect立ち上げ:断片化した女性スポーツのスポンサー機会の提供
  • Genius Sports・Magic Johnson Enterprisesとの提携:データ起点の計測と、スポーツカルチャーへの入口を同時に確保

ここまで機能を揃えて、ようやくInfluential Sportsという統合司令塔が機能する。企画から実行、計測までを一社で回す。かつてのIMCが夢見た「エンド・トゥ・エンド」を、今度は買収の積み重ねによって作り上げようとしているようだ。

IMCの進化は業界全体を揺らす

この動きはピュブリシスだけの話ではない。WPPも2026年1月、「WPP Media Sports」を立ち上げ、リアルタイム計測と統合運用を前面に押し出した 。メガエージェンシー・グループが一斉にスポーツへ舵を切るのは、スポーツが最後に残った確実なライブコンテンツであるという事実と、ファン行動のコミュニティ化という現象が、広告商品としてのスポーツを根底から再定義しているからだ 。もはや、ネットによる消費形態の変化でスポーツの商品性は1990年代と根本的に変化している。

だから、もはやスポンサーはロゴを出すだけでは満足しない。ファンの会話の輪に入る設計が要ると理解されるようになっている 。それを実現するためには、スポンサーシップを始めとして、クリエイターやアスリートの肖像権活用まで含む複雑な権利管理と、プライバシー規制、ブランドセーフティリスクも潜んでいる。データを自前化するピュブリシスの一連の買収は、そうした不確実性を内部で吸収しようとする防衛策でもあろうかと思う 。

電通の「過去」が語ること

ここで興味深いのが、電通との歴史的な接点だ。ピュブリシスと電通は2002年、国際スポーツマーケティング会社を共同設立している。当時は権利ビジネスとイベント運営が中心で、スポーツはIMCの実験場だった。いま、Influential Sportsが狙うのは、それらに「クリエイター×ID×計測」のレイヤーを最初から組み込んだ、次世代型のスポーツIMCである。

スポーツを使うIMCへの問いは、実は明快だ。スポーツを大型露出の場と捉え続けるのか、あるいはファンダムを運用するプロダクトとして設計し直すのか。ピュブリシスの動きを欧米のトレンドとして遠くから眺めているだけではもったいない。電通がかつて得意とした統合を、いまのネット環境と技術条件でどう作り替えるか。電通が、そこで新しい一手を打つのを見てみたい。

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