Meta のスマートグラスが日本で発売されたら買おうかと思っていたが、二の足を踏むような記事を読んだ。
それは、スウェーデンの新聞が2025年に報じた調査報道だ。ケニアのナイロビで、Metaのスマートグラスが撮影した映像を見ている人がいる。Metaの下請け企業Samaの従業員だ。
Ray-Ban MetaスマートグラスはMetaとレイバンの親会社EssilorLuxotticaが共同開発した、一見どこにでもある普通のメガネだ。 だがそのフレームには小型カメラとマイクが内蔵されていて、「Hey Meta」と声をかけるだけでAIアシスタントが起動し、目の前の景色を撮影・解析できる。2025年の販売数は700万本を超え、前年の3倍以上という急成長を遂げた。
問題の発端は、スウェーデンの新聞の調査だ。Metaがデータ注釈(アノテーション)業務を委託しているSamaの従業員30人以上へのインタビューを通じて明らかになったのは、ユーザーが撮影した映像がそのままアフリカの作業員の手元に届いているという事実だった。 AIに「これは何?」と問いかけた瞬間、その視覚データはMetaのサーバーに送信される。そしてAIが完璧に処理できない部分は、従業員の人間の目で確認される。
ここに奇妙な逆説がある。「プライバシーのために設計されている」と宣伝されたデバイスが、最もプライバシーを侵害する装置になっていた可能性があるのだ。
「仕事だから、見るしかない」
Samaの従業員たちが証言した内容は、それ自体がひとつの社会問題だ。「トイレに入っている映像や、着替えているところを見たことがある。彼らは知らないと思う。知っていたら、録画していないはずだから」。彼らは良心と仕事の板挟みの中で、黙って「ラベル付け」を続けているという。
ここに、AIの問題の構造が見えてくる。AIの「学習」には、人間によるデータの分類作業が必要な場合がある。画像の中にある物体を識別させるには、まず人間が「これは椅子」「これは人物」と教え込まなければならない。この膨大で単調な作業を担っているのが、インドやケニア、コロンビアといった新興国の低賃金労働者たちだ。 AIが、高度な知性を持つように見えるのは、こうした見えない人間労働の上に成り立っているのだ。
同意という建前
Metaは利用規約の中で、AIとのやりとりは「自動または人間によって確認される場合がある」と明記している。 法的には問題ないとも言えるが、700万人のユーザーが本当にその一文を読んで理解したうえで同意したとは考えにくいだろう。
しかもMetaは2025年4月、音声録音をクラウドに保存することをオプトアウト(拒否)できない仕様に変更した。 ユーザーは音声をいつでも削除できるが、最初の収集そのものを拒む手段は、もはやない。さらに、AIカメラ機能が初期設定でオンになっていたという報告もある。
スマートグラスは氷山の一角
この問題を、MetaというひとつのIT企業の失態として片付けることはできない、と思う。
スマホには前後にカメラとマイクが搭載されている。スマートスピーカーは常に音声を待ち受け、スマートテレビには内蔵カメラが付いているものもある。IoTデバイスのセキュリティ問題として指摘されているのも同じ構造だ。カメラやマイクへの不正アクセスが成立すれば、日常の行動や会話が第三者に筒抜けになる。 過去にはAndroidスマートフォンのカメラアプリに脆弱性が発見され、悪意のあるアプリ経由でユーザーの知らない間に映像が撮影されていた事例も報告されている。
さらにMetaは2026年中にスマートグラスへの顔認証機能追加を計画しているとも報じられた。 実現すれば、街角で誰かがメガネを向けるだけで、その人の名前や住所が瞬時に特定されうる世界になる。電子プライバシー情報センター(EPIC)は、市民の自由に対する重大な脅威と警告している。
家人は、スマホやPCのカメラを極端に嫌い、私は、それを鼻先で神経質だと笑っていた。だが、家人の方が正しいということが、Metaも含めて沢山の事例から明らかだ。
同意の形骸化
この問題の核心は、技術そのものではなく、「同意」という概念が形骸化しつつあることだと思う。数十ページにわたる利用規約の奥深くに埋め込まれた一文に「同意」したことで、自分の寝室の映像を海外の見知らぬ人間に見られる権利を渡してしまっている。そんな状況を、本当に「選択」と呼べるだろうか。「自分はちゃんと読まなかった」で済む話では、もはやないかもしれない。
デバイスに囲まれた私たちは今、どこまで自分のプライバシーを使用料として支払い続けるのか。一度その問いを考えてみる価値は、十分にある
