最近、エアコンを買い換えた。その際に、まずAIに相談した。今までなら、価格ドットコムを見て、候補の企業のサイトを見たりした。だが、今回は部屋のサイズなどをAIに入れて相談しただけだ。
そのとき、長年なんとなく抱いてきた「このメーカーは壊れにくい」「あのブランドはデザインが好きだ」といった自分のブランド感は、ほとんど意思決定に登場しなかった。AIの提示する「省エネ性能」「価格」「評判」などの要約で、あっさりと最終判断した。
同じようなことを経験している人は多いはずだ。実際、生成AIとの対話をきっかけに商品を購入したことがある人は4割を超えるという調査も出ている。だから、自分のブランド認識よりも、AIが整理してくれた利点のリストに従って買う、というモードに入りつつあるのかもしれない。
ニュース要約脳がブランド物語を拒絶する
ニュースアプリを開けば、どんな複雑な出来事も三行の要約に圧縮されている。SNSには、要点だけを箇条書きにしたスレッドや、十五秒で結論まで行き着くショート動画が流れ続ける。こうした環境に毎日浸っていると、三行で理解できない話に向き合うのが、だんだん面倒になってくる。ブランドの世界も、少し似た状況にある。
創業の物語や技術者のこだわり、時間をかけて育ててきた哲学。かつて企業は、それらを広告や店頭、パッケージに埋め込み、少しずつ伝えようとしてきた。ところが、ニュース要約脳に慣れた消費者の前では、そうした長い物語は、読み飛ばされる情報として扱われやすい。
そこに生成AIが入ってくる。
AIは大量のテキストからメリットだけ、ベネフィットだけを抜き出すことが得意で、広告制作やLPのコピーづくりではすでに日常的に使われている。AIの効率による要約と抽出が、ブランディングの居場所をじわじわと狭めていると思われる。
AIが変える広告の作法
生成AIは、広告の制作プロセスを変え始めた。AIを使って、広告のコピー案を一度に何十通りも出し、クリック率の高い組み合わせだけを残していく。動画も尺違いを自動で量産し、A/Bテストの結果を踏まえて次のバージョンを作る。こうした運用型広告のサイクルは、すでにAI抜きでは考えにくいところまで来ている。
同時に、AIはブランドの表現すら書き換え始めている。Metaの自動生成広告機能が、クリエイティブを勝手に変形させた結果、モデルの体型や人種、服装が元素材と異なるものになり、ブランドの世界観を損ねたとして物議をかもしたケースがある。
アルゴリズムがクリック率だけを正義として動き出すと、ブランドが時間をかけて積み上げてきた美意識や倫理観は、簡単に最適化の名のもとに書き換えられてしまう。さらに厄介なのは、AIに特徴的な表現への収れんだ。どのブランドも似たような生成AIツールを使えば、似たテイストのビジュアルやコピーが出てきやすい。
その結果、ブランド同士の違いは、わずかな数値の差と一時的なバズの勝負になり、ブランドの物語の厚みで勝負する余地が削られていく。ここまで来ると、AIは単なる道具ではなく、広告の制作そのものを変えていると言わざるをえないと思う。
それでも必要な「遅いコミュニケーション」
では、AIをブランディングから遠ざければ良いのか。おそらく、そんな単純な話ではない。パーソナライズされた商品提案や、膨大な情報からの選択を支えてくれるAIの役割は、すでに生活インフラであり、広告制作のインフラにもなっている。
AIを使うこと自体を否定すれば、消費者の現実の購買行動からブランドが置いていかれてしまう危険もある。むしろ問われているのは、どこまでAIに任せるのかの線引きだと思う。
短期的なクリック率やコンバージョンを上げる役割はAIに任せつつ、その土台となるブランドの歴史や価値観、社会との関係性といった物語は、人間が時間をかけて編み続けることが、今や最も求められているのだろう。
要約可能なメリットの奥に、要約しきれない何かを持たせておく。その二層構造を意識的に設計できるかどうかが、これからのブランドの差になるかもしれない。ニュース要約脳に慣れた私たちは、つい、三行で分からない話を敬遠してしまう。しかし、本当に大事な選択は、スペック表の比較だけでは決められないことも忘れてはならない。
