ネット広告費5兆円

by Shogo

国内のインターネット広告費が5兆円台に達すると言う見込みが、市場調査会社の矢野経済研究所から発表された。この見込みによると、2029年度に5兆6,000億円超で、年率9.6%という安定した成長が続く見通しだ。2024年の実績は3兆6,517億円、日本の総広告費の半分近くを占めるまでに膨れ上がった。この勢いを牽引するのは、SNSのタイムラインの縦型ショート動画、検索結果に現れる連動型広告、そしてコネクテッドTVという、古くて新しいデバイスだ。

この変化は単なる量的拡大ではなく、質的な再配分を伴う。従来型のWebディスプレイ広告は、Cookieの制限とユーザー行動の変容によってターゲティング精度が落ち、絶対的な広告の銀の弾丸ではなくなりつつある。結果、広告主の予算は、もっと効くメディアやプラットフォームに移りつつある。それは、SNS、動画、EC・リテールメディアだ。ROI志向が鮮明になったいま、広告費は合理的に動いている。

この傾向は、日本だけの現象ではない。2025年の世界広告費は9,920億ドル(約143兆円)、そのうちデジタル広告が68.4%を占める。リテールメディアが+13.9%、SNS広告が+9.2%という成長率で伸び、米国ではAmazonの広告事業、GoogleやMetaと並ぶ存在感を持ち始めた。購買データを握るECプラットフォームが広告の出口を押さえ、消費者に最も近い距離で接触すると言う構造が急速に固まりつつある。​

世界の流れと比較すると、日本はやや時間差のある変化を経験している。まだ、テレビ広告への依存度が高く、企業の広告投資がマスメディアを重視する文化が根強い。だから、デジタル予算が拡大しているとはいえ、テレビが急速に衰えるわけではない。

この10年以上、テレビ広告費は横ばい、もしくは微減で推移している。それでも完全には崩れない背景には、いくつかの理由がある。​

一つは、広告の認知の土台を形成するメディアとしての信頼性だ。新商品の発表や大型キャンペーンにおいて、テレビが持つ公共性、浸透度、信頼性は依然として大きい。短期のクリック率やコンバージョン率では測れない、長期的な認知効果が企業の意思決定を支えている。

二つめは、高齢層のメディア接触の厚さである。高齢化が進む日本では、テレビは依然として生活導線の中心に位置する。広告主がこの層へのリーチを維持したい限り、テレビは安定した出稿先であり続ける。少子高齢化社会では、まだまだ高齢者層は重要なマーケットだ。

そして三つめが、コンテンツの力だ。スポーツのライブ視聴、ドラマ、ニュースは関心が高い。特に、スポーツは多くの視聴者を集め釘付けにすることができる。広告主はその集中的な視聴機会に価値を見出している。​これは、来年のWBCのNetfllix独占配信のように黄信号が灯った。

ただし、テレビの内実は変質している。もはや、テレビは、かつてのテレビではない。「コネクテッドTV」が一般化し、リビングのスクリーンは放送波からストリーミングへ、広告枠も放送局からデジタルプラットフォームへと移動している。TVerの広告売上は2025年上半期に前年比206%を記録し、CTV広告市場は2025年に1,695億円へ到達する見通しだ。つまり、「テレビ」というデバイスはリビングに残り続けるが、その中身は、テレビ放送局が編成した番組からユーザーが選ぶデジタルコンテンツへと静かにシフトしている。​

AI の進展は、広告業界に二つの変化をもたらしつつある。一つは、クリエイティブ制作と広告運用の自動化である。Google「P-MAX」やMeta「Advantage+」といった自動最適化ツールが浸透し、中小企業でも高度な広告運用が可能になった。広告の民主化は確実に進んでいる。​かつてのように大規模な予算を組んでテレビ広告を制作する必要はない。

もう一つは、検索体験の変容だ。生成AIが要約した回答を表示する「SGE」が広がれば、従来のSEO流入は減少し、広告戦略の設計はさらに複雑化する。クリエイティブは効率化と引き換えに均質化し、プラットフォーム依存は深まる。AIによる最適化が進むほど、企業には、どこで差をつけるかが問われるようになる。

2029年、ネット広告費が5兆円台半ばに達する頃、日本の広告市場は量の成長だけでなく、質の再定義が本格化しているはずだ。テレビはブランドの土台を築き、デジタルは刈り取りと最適化を担う。この役割分担がAIによってさらに鮮明になる。効率と創造性、即効性と長期的なブランド価値。そのバランスをどう保つかが、広告主にとっての次なる競争軸になるだろう。​

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