サッカー日本代表がドイツ代表に勝って日本のサッカーも新しい時代に入った。1998年のフランス大会で初めてワールドカップに出場して以来、24年。多くの代表と試合をしてきたが、トップクラスの国の代表に勝ったのは初めてのことだ。この後の展開は、27日のコスタリカ戦が大きく影響する。この勢いで頑張ってもらいたいものだ。
この日本代表が新しい時代を切り開いたように、メディアも新しい時代に入った。今回のワールドカップを全試合無料配信しているAbemaTVは、ドイツ戦のあった23日に一日に1,000万人のを超える視聴者を集めた。これは延べ人数ではなく、ユニーク・ユーザーの実数だ。これが影響して、ドイツ戦のNHKの番組平均世帯視聴率は、ワールドカップの日本戦としては35.3%とかつてないほど低い数字となった。 過去のサッカーワールドカップの日本代表の視聴率ははるかに高かった。
- 2002年大会、日本対ロシア 66.1%
- 1998年大会 日本対クロアチア60.9%。
- 1998年大会 日本対アルゼンチン 60.5%
- 2002年大会、日本対ベルギー 58.8%
- 2010年大会 日本対パラグアイ 57.3%、
- 2006年大会 日本対クロアチア 52.7%、
- 1998年大会、日本対ジャマイカ、52.3%
- 2006年大会、日本対オーストラリア40.9%
- 2018年大会、日本対コロンビア48.7%
自国開催だった。2002年の日本対ロシアを別にしても今回のドイツ戦の視聴率よりもはるかに高い数字をとってきた。ただし、傾向としては、数字そのものが、近年は低減傾向にある事は否めない。2014年大会は、ブラジルの開催であったため未明や早朝の放送時間であったために視聴率は低かった。それでも2014年の日本対コートジボワール戦は、午前10時59分からの放送にもかかわらず、46.6%の視聴率を取っている。
そのようなことを考えると今回のドイツ戦の35.3%と言う数字は、テレビ業界関係者にとっては衝撃的な数字であろう。
今回のAbemaTVの配信で非常に新鮮であったのは、自分でテレビカメラを切り替えられることであった。メイン以外にも、日本代表カメラ、ドイツ代表カメラ、、上空から選手とボールの動きを追う全体カメラなど選択肢が用意されていて、切り替えて試合を楽しむことができた。全体カメラで、主に試合を見たが、メインのチャネルで解説に出ていた本田圭祐さんの解説は話題になっている。配信の番組がテレビ放送よりも話題になったということにも変化を感じる。
では今後、JリーグがDAZNの独占契約になったように、多くのスポーツ中継が配信になるかと言うとすぐにそのような事態にはならない。
今回のAbemaTVの独占中継は、あくまでも先行投資であって、AbemaTVやその親会社のサイバーエージェントが、今回のワールドカップから、多額の収益を上げているわけではない。多少の広告費が入る程度で200億円前後と言われている投資を回収できない。先行投資だからできることだ。
サイバーエージェントの最新の業績によると、メディア事業は赤字である。サイバーエージェントの売り上げ、7,105億円のうち、メディア事業はわずか1,121億円(シェア15.8% )だ。最も大きいセグメントは、広告事業で3,768億円(シェア53.0%)で、ゲーム事業が2,283億円(シェア32.1%)となっている。中でもゲーム事業が605億円の営業利益を上げ、全社の利益のほとんどを出していると言っても良い。その意味でメディア事業は先行投資であり、今回のワールドカップの放送権獲得は、そのための販促費と言う位置づけである。
この構造は、アメリカで進んでいる放送から配信の流れと同様である。Amazonは年間10億ドルを払って、木曜日の試合の独占配信権「サーズデイ・ナイト・フットボール」を11年間獲得している。現時点では広告も順調に販売され、視聴数も伸びているようだ。しかしながら巨額の放送権料を、この「サーズデイ・ナイト・フットボール」から回収するのは難しいとみられている。
そのようなこともあり、NFLが日曜日の試合の放送権「サンデー・チケット」のパートナー探しに苦労しているようだ。もう数ヶ月前にAppleがその権利を獲得するとみられていたが、現時点ではまだ決まっていない。今シーズンで契約が切れる、DirecTVの契約金の年間15億ドルから10億ドル値上げした、25億を要求していると報道されている。さすがにAppleもこれにはすぐに首を縦には振っていないようだ。
「サンデー・チケット」に興味を示しているとみられていたDisney+は配信事業で15億ドルの赤字を計上し、CEOが退任して、前CEOのアイガー氏が急遽復帰した。この状況では、Disney+の成長に不可欠と判断しても、「サンデー・チケット」に巨額の投資を行うのは難しいであろう。Googleも興味を示していると言われるが、景気の減速により広告収入が影響を受けているために、現時点でYouTube TVのために巨額の投資を行わないとみられている。
現在のスポーツ放送権の高騰の要因は、資金に余裕のあるIT企業が配信事業のための先行投資としてスポーツ配信権獲得競争をしていることになる。現時点の採算は考えていない。AbemaTVも、ゲーム事業から上げている収益を、AbemaTVのための先行投資として、今回のワールドカップにつぎ込んだと言える。そして、それは、開局以来の視聴者1,000万人獲得と言う成功を見ているが、Amazon Prime TVの「サーズデイ・ナイト・フットボール」のように、その投資の採算が合うかを考えないからできることだ。
伝統的なテレビ業界は、それだけの余裕もなければ、またそうような投資に踏み切るための次の戦略を持っていない。配信事業も見据えて、まだまだ強いテレビ放送事業をテコに次の時代を作ろうという発想はないようだ。マーケティングの先例では、アメリカの鉄道会社は、自らを鉄道事業者と規定して、運送・運輸事業者と考えなかったために、自動車の時代になって衰退したと言われる。日本のテレビ局は、自らをエンターテイメント提供者とは考えず、テレビ事業者としか考えていないようだ。日本代表が新しい時代に踏み込んだように、放送事業も別の次元に突入していることは事実だ。