NYTで「Polycene(ポリシーン)」という記事を読んだ。Polyceneとは、元マイクロソフトの幹部であったクレイグ・マンディが提唱した造語で、ギリシャ語で「多くの、多様な」を意味する「poly」=「多(複数)」+ 「cene」=「時代」を組み合わせたものだそうだ。この言葉は、現代が単一的または二元的な構造ではなく、加速する気候変動とテクノロジーの急速な進化(AI、コネクティビティなど)が融合し、相互に作用することで、あらゆる分野で「多元的(ポリ)」な現象が爆発的に生じている時代を指すということだ。
世紀の変わり目の頃は冷戦が終わって、世界が一つになるという幻想を抱いていだが、それは2020年代の保護主義、分断、権威主義的国家の存続など多くの現実によって打ち砕かれている。
つまり、冷戦期やポスト冷戦期にあったような「我々 vs あちら」「東 vs 西」「国家中心」「均質なメディア・情報流通」などのモデルが通用しなくなり、複雑に多軸化・多主体化・多相互作用化した時代、それがポリシーンだそうだ。
特徴的なキーワードとしては、次のような “poly-” が並ぶ
- ポリセンター(poly-centric)=中枢が一つではない多極的世界
- ポリクライシス(poly-crisis)=複数の危機が互いに連動・増幅する状況
- ポリエコノミック(poly-economic)=単純な国と国との二国間取引ではなく、部品・知識・サービスが複雑なサプライチェーンで多国間・複数段階で絡み合う
- ポリモーフィック(poly-morphic)=人・コミュニティ・文化・メディアがひとつの型に収まらず、多様で変化し続ける
このように、「複数/重層/相互接続」という構造が、単極・二極を前提にした時代との最大の違いと考えられているようだ。
これまでの時代の整理
記事では冷戦からポスト冷戦、そしてポリシーンへと整理されている。
冷戦期(1947頃〜1989頃)
冷戦期は、代表的には 冷戦 として、米国とソ連を軸とした東西対立構造が世界を規定した。政治・軍事・イデオロギー・経済の多くがこの二極構造の中で機能し、世界を俯瞰すると「西側 vs 東側」「資本主義 vs 共産主義」という、比較的シンプルな分断軸があった。
ポスト冷戦期(約1989〜2010年代)
ソ連崩壊を契機に、世界は「アメリカ主導の単極秩序(unipolar world)」へと移行した。冷戦二極構造の終焉後、多くの国が市場経済を志向し、グローバル化・情報化が加速した。しかし、この時期も秩序は比較的分かりやすかった。米国の力、米ドルの流通、国際機関の枠組み、先進国 vs 発展途上国という線引き。
ただし、この秩序も徐々に曲がり角を迎えた。例えば中国の台頭、ロシアの復活、中東・アフリカの地域的動揺、デジタルプラットフォームの興隆などが、新しい変化の伏線となった。当時のオバマ大統領が、「アメリカは、もはや世界の警察官ではない」と発言したことは、次の時代の予兆だった。
2020年代以降 ポリシーンの時代へ
2020年代に入り、世界の見取り図が、シンプルな軸で語りにくくなった。例として、
- アフガニスタンからの米軍撤退 アメリカの一極秩序が揺らいだ明示的な出来事。
- ウクライナ侵攻 ロシアの軍事行動がヨーロッパの安全保障秩序を根底から揺るがした。
これらにより、「ポスト冷戦期=アメリカ主導」の終焉が明確化し、複数のプレイヤー(国家、地域勢力、企業、テクノロジー)が絡む多軸・多主体構造が顕在化した。
このような流れを背景に、「ポリシーン」という言葉が時代の名称として提案されたわけだ。
ポリシーン時代の特徴
ポリシーンの時代において、世界の権力構造の流動化・多極化がキーワードだ。
多極・多軸(poly-centric geopolitics)
従来は「米国>>その他」「西側 vs 東側」のような明瞭な構造があったが、今や中国、インド、中東の国々、アフリカの地域勢力などが独自の動きを持つようになっている。専門家は、これらを「マルチアライメント(multialignment)」とも呼び、国や企業が単一の同盟・枠組みに絞らず、課題や利害に応じて複数軸で関わる動きを指摘している。
経済・サプライチェーンの複雑化(poly-economic)
グローバル化が進む中、サプライチェーンや知識・部品・サービスの流れは二国間取引という枠を越えて、多国間・多段階のネットワーク構造になった。例えばスマホ1台をつくるのに、設計・部品・製造・組立・流通が世界中に散らばって絡み合っている。これは、ブランド・製品・消費が単一市場・単一国では設計できないということだ。
力の分散とテクノロジーの影響
国家だけが「力」を持つわけではなく、巨大テクノロジー企業、AIシステム、アルゴリズム、グローバルSNSネットワーク、個人インフルエンサーなども影響力を持つプレイヤーになっている。
インターネットとスマホに囲まれたメディア環境
ポリシーンという時代を捉えるうえで、デジタル・メディア環境の変化は重要だ。従来は新聞・テレビ・ラジオなどのマスメディアが情報発信の中心で、「発信者(メディア)→受信者(視聴者・読者)」という一方向構造だった。しかし、スマホ・SNS・インターネットの普及により、誰もが発信者になり、情報が横方向・下から上へと拡散するようになった。個人の投稿が世界を動かしたり、広告キャンペーンがユーザー生成コンテンツに拡張されたり、といったことが起きている。
多声化・多媒体化・リアルタイム化
スマホ・SNSは、多声(polyphonic)な社会をつくった。つまり、一つのメディア中心ではなく、個人も含めて、無数の声が同時に共存し、混じり合い、時に衝突する。情報の増加と拡散が加速することで、従来のマーケティングや広告のメッセージでは届かず、多チャネル・多タッチポイントが前提になった。
ハイパー接続と影響の速度
また、インターネットとスマホによって、情報・影響・トレンドの伝播スピードは飛躍的に上がった。国境を越え、文化を横断し、瞬時に世論形成やブランド認知に影響を与える。ポリシーン時代では、スピードが競争力のひとつになっており、広告やマーケティングにおいてもリアルタイム最適化の重要性が増している。
ポリシーンが、広告・デジタルマーケティングへ与える影響
シングルチャネル・一方向戦略からの脱却
旧来型の「テレビCMを出して、それを新聞記事が追って、それを消費者が受け取る」というモデルは、もはや通用しない。情報発信・商品体験・顧客との対話が多重経路・双方向・リアルタイムで動く世界では、チャネルの掛け合わせ(スマホ・SNS・店舗・体験型イベント等)やユーザー生成コンテンツ(UGC)を含む“エコシステム型戦略”が求められる。
データ・知識・技術を横断的に統合する力
ポリシーンでは、単に広告を出すだけでなく、データ分析、AI、顧客行動予測、リアルな体験設計、社会・環境課題への対応などが、統合された価値の一部になる。つまり、「広告=創造+データ+テクノロジー+社会意義」の融合が求められる。
多主体、多声、多接点を活かすクリエイティビティ
消費者自身が発信者/創造者になる時代だ。広告主は語るだけではなく参加を促すことや共創する姿勢が求められる。マーケティング戦略を考えるとき、複数のステークホルダー(ブユーザー、プラットフォーマー、地域、社会)を、どのように繋ぎ、共鳴させるか考える必要がある。
ポリシーンという枠組みから、マーケティングを考えれば、今の時代は「どちらか/どれか」という二者択一ではなく、「両方/複数」が同時に存在し、むしろその掛け合わせこそが鍵になる時代だろう。たとえば、「デジタルネイティブ」だからといってアナログ経験を軽視してはいけない。また、テクノロジーを優先して施策を考えるが、人間の感性をないがしろにしてはいけないということだ。
ポリシーン時代だからこそ、これまでのようにマーケティングを価値の伝達だけを考えるべきではない。価値の共創と捉えるべき時代となったことを改めて実感した。ポリシーンという言葉は、世界情勢だけではなくマーケティングでも意識すべき言葉だろう。
