デッド・インターネット理論

by Shogo

パリの大学生が作った「Insane AI Slop」というXのアカウントについての記事を読んだ。彼は、AI生成画像の氾濫に我慢の限界に達して、アカウントを立ち上げた。彼が、AI Slop(スロップ)に対する怒りのコメントを投稿し始めると、フォロワーは瞬く間に13万人を超えたという。AI Slopとは、AIによって大量生産された、低品質で説得力のない画像・動画・テキストのことだ。

彼は、「私はAIに反対しているわけじゃない。素早いエンターテインメントと視聴回数のために作られたAI Slopによるオンラインの汚染に反対しているんだ」。

インターネットが死ぬ日

記事中では、専門家は、2026年がインターネットにとって歴史的な転換点になると予測している。オンラインコンテンツの最大90%がAIによって生成される可能性があると警告されている。AI企業Kapwingの調査によれば、新しく開設されたYouTubeアカウントに表示されるコンテンツの20%がすでに「低品質AI動画」だという。最も視聴されているAIスロップチャンネルは、インドの「Bandar Apna Dost」で、20億7000万回の視聴、推定年間収益は400万ドル(約5億8000万円)に達する。

今やインターネットは、境界線を越え、数年以内にコンテンツの99%がAI生成になり、やがて99.9%に達すると予想されているそうだ。これからは、人間が完全に作ったコンテンツを見つけること自体が、希少性を持つようになるだろう。

こうした状況を象徴するのが「デッド・インターネット理論」だ。かつてはニッチな考え方だったこの理論は、今や主流になりつつある。BotがBotと会話し、大規模言語モデルがアウトプットをリサイクルし、合成されたコンテンツによって良質なコンテンツは駆逐される。まさに「悪貨が」の世界だ。

イーロン・マスクの企業xAIとソーシャルプラットフォームXは、チャットボットGrokがX上で女性や子どもの衣類を脱がせた画像を生成するために使用された。また、米国のベネズエラ攻撃の後、人々が路上で、米国に感謝する偽の動画が拡散された。多くの人々がソーシャルメディアを唯一のニュース源としている今、これは特に懸念すべきことだ。

モード切替式インターネットの到来

水道水がそのまま飲めない都市で浄水器が当たり前になるように、フィードにも「AI少なめ」「人間優先」「検証済み優先」の蛇口が付く時代が来る。Pinterestが導入したtuner機能は、その例だ。tuner機能は、カテゴリ別に生成AIコンテンツを減らすことができる。

重要なのは「AIゼロ」ではなく、生成AIコンテンツの量をユーザーが選べることだ。今後、SNSも検索も、標準UIとしてこの選択を抱えることになるだろう。OpenAIは、生体認証を使った人間のみのソーシャルネットワークを構築しているらしい。LinkedInでは、ある投資家が「次の巨大なソーシャルプラットフォームにはAIがないだろう」と予測している。アカウントの背後に本物の人間がいることを保証するために、人々はプレミアム料金を支払うだろうと彼は確信している。この状況では、私もそう思う。AIが生成したコンテンツだけを見たい人はいないだろう。

AI生成やフェイク検出には限界がある。だから、コンテンツが自分から、トレーサビリティを証明する方向へ進むだろう。ここで注目されるのが、C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)という技術標準だ。C2PAは、出版社、クリエイター、消費者がデジタルコンテンツの起源と編集を確立できるオープンな技術標準を提供する。どの機器で、いつ作られ、どんな編集が行われたかを、暗号学的に結び付ける発想で、デジタルの出生証明書のようなものだ。

今後、コンテンツは自動的で、ほぼ目に見えない証明書が埋め込まれるだろう。カメラメーカーやAI企業は、署名機能をデバイスやシステムに直接組み込む。スマートフォンは撮影と同時に写真に署名し、AIツールは生成されたコンテンツに署名して出所を確立することになる。

ただし、ここは普及の壁が高い。生成側が証明書を付けても、流通側が表示しなければ意味がない。だから2026年以降の競争は、生成モデルの性能だけでなくトレーサビリティを表示できる流通設計にも移る。

個人AIが防波堤になる

AIがAIを増やすなら、AIで守るしかない、という発想も出ている。ブラウザや端末に常駐した個人AIが、フィードを読む前に「目的に合うか」「出自が怪しくないか」「広告かどうか」を要約し、危険度を付け、必要なら出典まで表示できるようになるだろう。ここまで来ると、検索は入力ではなく監督になる。自分は判断の最終責任だけを持ち、スキャンとふるい分けを、ブラウザに常駐する代理人に任せる。

ただし副作用もあるだろう。ふるいの設定を誤れば、世界そのものが狭くなる。個人AIは快適さと引き換えに、情報の偏りを強める危険も抱える。新たなフィルターバブルの登場だ。

ビジネスへの示唆

この未来で、一般ビジネスが直面する論点は明確だ。第一に、広告の配信面品質が読みにくくなり、ブランドセーフティが媒体単位からコンテンツ来歴単位へ移る。第二に、量産できる創作コンテンツの価値が下がり、関係性を担保する創作コンテンツが上がる。第三に、炎上も含めたエンゲージメント最適化は短期で効くが、長期では信頼コストとして跳ね返る。Grokの件は、その極端な教材になった。

だからマーケッターの打ち手は、オウンドとコミュニティへの投資、来歴・権利処理の整備、そして、どこで見られるか以上に誰の信頼経路で語られるかへ軸足を移すことになる。その意味では、これまで以上にインフルエンサーによるエンドースメントが重要になるかもしれない。

記憶装置に異物が混ざる時代

インターネットは、私たちの外部記憶装置だった。ところが今、その記憶装置に、悪貨と言う異物が混ざってきた。検索しても、思い出しても、真贋のノイズがついてくる。社会的、政治的、商業的なウェブが、その証拠としての機能を失い始めているのだ。本物のコンテンツがまだ存在していても、それを見つけることは統計的に起こりえないほど困難になる。

だからこそ次のネットは、情報量ではなく「信頼」を競うことになるかもしれない。その方法は、簡単なのは発信者が明確にコミットしたコンテンツであるかどうかを示せるかどうかだ。人間性と真実が希少資源となる時代をどう生きるのか。その答えは、今まさに形作られつつある。

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