最近、円安に伴うインフレのために電力コストが話題になっているし、AIデータセンターのためにアメリカでは原子力発電が採用され始めている。そんな中で、柏崎刈羽原発の再起動が話題になっていた。同時に、選挙のために、原発に反対してきた政党も主張を変えた。
そんな中で、柏崎刈羽の再起動が決まってニュースになって、NYTも、この話題を一面で報じた。それは、世界最大の原発の再起動という見出しだった。内容は、福島原発の事故のために新潟に移住した女性の話から始まる。記事の内容は中立的ではあるが、多くの住民が再起動に反対しているということを伝えている。
そして、何というか、トラブルのために、柏崎刈羽原発は、再起動後わずか1日でトラブルのために停止した。
政治的な発言をするつもりはないが、昔のことを思い出した。1979年に働き始めた当時、アメリカのスリーマイル原発の事故が起こり、原発の問題を仕事として研究を始め、アメリカの新聞も取り寄せて読んだ。能天気でエネルギー問題など考えたこともなかった私も、原発という存在にやっと気がついた。
その当時に読んだ本に、エイモリー・ロビンズの『ソフト・エネルギー・パス』がある。ちょうど、1979年に翻訳もされていた。ロビンズは、エネルギーの道を「ハード・エネルギー・パス」と「ソフト・エネルギー・パス」という2つに分けて論じた。
ハード・パスとは、中央集中型の大きく複雑な施設で、限りある燃料からエネルギーをつくる方法だ。浪費を伴い、コストが高くつく。それに対してソフト・パスは、最終需要に適合した無駄のない供給を行おうとする。太陽や風や有機をはじめとする再生可能エネルギーを中核とし、分散型で参加型の社会の実現を目指すものだ。
ロビンズはまた、原子力を維持することは潜在的な核兵器保有の危険を常に伴うものであり、それを防止する国際的な管理機構は作れないと論証している。この指摘は、今も重い意味を持っていると思う。
分散化という選択肢
分散型エネルギーシステムには、いくつかの明確な利点がある。送電ロスを抑えられること、災害時に電気の供給が滞るリスクが減ること、そして地域全体が停電した場合でも電気を利用できる可能性があることだ。
NYTの記事では、避難した女性は、新潟に移住後、土壌の放射線レベルを測定し、事故前の福島と同程度であることを確認してから、小さな畑で野菜を育て始めたという。彼女は「ここはとても美しい。ここに引っ越して再び農業を始められたことが、私をとても幸せにしてくれた」と語ったとある。
彼女の家から約64キロの場所に、柏崎刈羽原発があるという。彼女は「毎日の生活が、常に警戒を要するものになり始めている」「正直に言うと、私は怖い」と語っている。福島での経験があるから、当然のことだろう。
私は素人だから、高度な技術や経済効率の詳細を論じる資格はない。だが、30年間の設定ミスが見逃されるような巨大システムと、地震国という現実を前にすると、どうしても不安が拭えない。分散型のエネルギーシステムなら、ひとつの施設の事故が広域に影響を及ぼすリスクは減るはずだ。
昨日の新聞記事を読みながら、ロビンズの本をもう一度読み返そうと思った。もう、その当時読んだ本はない。だが、Amazonには新刊はなかったが、中古で買えるようだ。
