「フラット化する世界」の終わり

by Shogo

トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」を読んでから20年が経つ。その頃は、テクノロジーが世界を1つにしてグローバルビレッジが実現するものだと思っていた。また、フラット化する世界が実現する経済合理性が政治を変え、全体主義国家の民主化も進むと言うふうに楽観的に考えていたものだ。しかし、それから20年、トランプ政権による高関税政策の直撃を受け、世界は転換点に立たされている。もはや世界はフラットな同一平面上にあるのではなく。細かく分断された世界になりつつあるようだ。

Appleサプライチェーン

フラット化する世界のグローバルサプライチェーンを活用して恩恵を多くの企業が受けてきた。その中の一社はAppleだ。

AppleのiPhoneには「Designed by Apple in California」と記載されていて、実際の製造は中国が中心だ。2024年時点で、AppleのiPhoneの9割以上が中国で組み立てられており、日経アジアによれば、主要サプライヤー187社のうち150社が中国に工場を持っているそうだ。Foxconn(鴻海精密工業)が運営する「iPhone City」は、世界最大級の電子機器組立工場だ。

中国におけるAppleのサプライチェーンは、単なるコスト削減だけでなく、膨大な労働力、サプライヤーの密集、インフラ、熟練労働者の存在など、他国では再現困難な規模と効率を誇る。

グローバル・サプライチェーンの脆弱性

2025年、トランプ大統領は中国からの輸入品に最大245%もの関税を課し、さらに電子機器全体や半導体、サプライチェーン全体への追加関税も示唆している。一時的にスマホやPCなどは関税対象から外れたものの、「誰も例外ではない」と追加関税の可能性を強調しているのが現在の状況だ。

この関税政策は、Appleのグローバルサプライチェーンの最大の強みを逆に「最大のリスク」へと変えた。中国だけでなく、インドやベトナムなど生産拠点を分散しても、これらの国々も関税の対象となるため、「中国プラスワン」戦略だけではリスクヘッジにならない。

Appleの多角化戦略とその限界

Appleはすでに中国依存からの脱却を模索し、インドやベトナムへの生産シフトを行ってきてはいる。2024年にはiPhoneの15%がインドで生産され、2027年までに25%まで引き上げる計画だそうだ。また、AirPodsやMacBookの一部はベトナムやマレーシアで生産されている。

しかし、インドやベトナムは中国ほどの規模や効率を持たず、サプライヤーの密集度やインフラ、熟練労働者の確保など多くの課題を抱えていて、抜本的な解決にはならない。また、これらの国々もトランプ関税の対象となり、抜本的なリスク分散にもならない。

「iPhoneはアメリカで作られるのか?」

トランプ政権はAppleに対し「アメリカ国内でiPhoneを生産せよ」と強く要求している。これに対応して、Appleも2025年に5000億ドル規模の米国内投資を発表し、テキサス州ヒューストンにAIサーバー工場を建設するなど、米国製造へ舵を切り始めてはいる。

しかし、現実にはiPhoneのような大量生産・複雑なサプライチェーンをアメリカ国内で再現するのは「ほぼ不可能」と多くの専門家は断言しているのを、メディアで見かける。理由は以下の通りだ。

  • 必要な部品サプライヤーのネットワークや人材がアメリカには存在しない
  • 高い工賃のために生産コストが3倍以上に跳ね上がり、iPhoneの価格が3倍以上になる可能性
  • 新工場建設やサプライチェーン再構築に数年と数百億ドル規模の投資が必要
  • アメリカの労働市場では数十万人規模の熟練工を短期間で確保できない

Apple自身も「アメリカでiPhoneを作るのは現実的でない」と繰り返し表明しており、実際に米国内で生産されているのはMac ProやAIサーバーなど一部の高付加価値・小ロット製品に限られている。

今後のAppleサプライチェーンの展望

1. 多拠点化とリスク分散の加速

Appleは今後も中国依存からの脱却を進めつつ、インドやベトナム、アメリカなど複数拠点での生産を強化するだろう。ただし、iPhoneなど主力製品の大部分は当面中国での生産が続く見通しだ。でないと需要には答えられない。

2. 米国内投資の拡大

5000億ドル規模の米国内投資は、AIサーバーや半導体など戦略領域への集中投資だ。これにより、Appleは米国政府との関係強化や、AI・半導体領域での競争力維持を図るが、iPhone等の大量生産品の国内回帰は、コストを考えると現実的ではない。

3. 価格・利益率への圧力

関税や生産コストの上昇により、Appleは価格改定や利益率低下の圧力に直面している。これまでのコスト吸収は限界を超え、今後は高価格モデルや新製品での価格転嫁も避けられない。また、日本では円安による影響のためにAppleはますます高価なものになるだろう。

日本企業への示唆

Appleのグローバルサプライチェーンは、20年前の「フラット化する世界」から大きく変貌しつつある。地政学リスクや関税政策の激変により、単一国依存の危うさが顕在化した。

今後は「多拠点化」「リスク分散」「柔軟性とレジリエンスの強化」が不可欠だろう。Appleの動向は、グローバル市場で戦う日本企業にとっても重要な示唆となる。しかし、サプライチェーンの再設計は一朝一夕には進まず、長期戦略が求められている。日本の経済的な復興には、あまた、新たな軛が加わったようだ。

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