Metaはブラジル、中国、ベトナムに拠点を置く詐欺広告業者4社に対して訴訟を起こした。 FacebookとInstagramに蔓延してきた有名人の画像や声をAIで改ざんし、偽の投資話や無認可の健康食品を売りつける手法を法廷に引きずり出したのだ。 やっとだ。遅きに失したと誰もが思うだろう。だが、誰が見ても詐欺広告と見える事業者への対応が、なぜここまで遅れたのだろうか。
何が起きていたか
NYTの記事によれば、ブラジルのVitor Lourenço de SouzaとMilena Luciani Sanchezは、著名人の顔と声を加工して偽のヘルスケア商品を宣伝していた。 別のブラジル企業B&B Suplementos e Cosméticosは著名医師のディープフェイクを使い、規制未承認の製品を売るだけでなく、同じ手口を他人に教える詐欺スクールまで開いていたという。 中国の深圳雲正科技は日米のユーザーを標的に偽の投資グループに引き込み、ベトナムのLy Van Lamはロンシャンの偽バッグ広告を流していた。日本でも、前澤さんやホリエモンの偽広告をよく見た。
Metaは今回、アカウントの停止、ドメインのブロック、支払い手段の凍結といった技術的措置に加え、50万人以上の著名人・公人の画像を保護するシステムも整備したと発表した。 プラットフォームを悪用しようとする者は必ず責任を問われるという声明も出した。この50万人には日本人の著名人も含まれているのだろうか。
なぜ今なのか
問題は、この訴訟が今になって初めて起きたという事実だ。
2025年11月、Reutersがリークされた社内文書を公開した。その内容は衝撃的だった。Metaは2024年の収益の約10%、金額にして160億ドル(約2兆4000億円)が詐欺広告や禁止コンテンツの広告から得られると自社内で試算していた、というのだ。 Metaは知っていたのだ。毎日150億件の「高リスク広告」がユーザーに届いていると推定しながら、一部の大口広告主は500回以上の違反を重ねても排除されなかったとも記録されていた。 詐欺師のメッセージに関するユーザー報告の96%が、無視または誤って却下されていたという内部推計もある。とんでもない話だ。考えられない。
記事中で、Metaの広報責任者は「文書は選択的な見方でMetaのアプローチを歪めている」と反論したが、具体的な修正値は一切示さなかった。 その曖昧な否定が、かえって疑念を深めた。
遅延の構造的理由
なぜMetaはここまで動きを遅らせたのか。理由は一つではなく、少なくとも三層になっていると分析されていた。
まず、収益構造の問題がある。詐欺広告はMetaの広告システムを通じて課金される。排除すれば、そのまま売上が消える。内部文書が示す160億ドルの試算は「粗くて過大だ」というMetaの説明が仮に正しかったとしても、詐欺広告が会社にとって、おいしい収益源だったことは否定しきれない。
次に、法的な免責の盾がある。1996年に制定されたアメリカの通信品位法第230条(Section 230)は、プラットフォームを第三者コンテンツの「出版者」として扱わないとする規定で、長らくMetaの盾となってきた。 「私たちは電話会社と同じだ、回線で何が話されたか責任はない」という論理だ。ただ、2024年には連邦控訴裁判所がこの免責をすべての場面に適用できるわけではないと判断し、Metaは法的リスクが高まると認識したかもしれない。
日本では2001年に「プロバイダ責任制限法」が制定され、Section 230と同様にプロバイダの損害賠償責任を制限する仕組みが作られた。 しかし、SNSの拡大とともに誹謗中傷被害が社会問題化し、2022年改正(2022年10月施行)を経て、2024年に「情報流通プラットフォーム対処法(情プラ法)」へと名称を変え、2025年4月1日に施行された。
旧法が「プラットフォームを過剰な訴訟から守る」ことを主眼としていたのに対し、新法は「被害者救済と被害予防の強化」へと重心を移した。 特に大規模プラットフォーム事業者(総務大臣が指定)に対しては、権利侵害情報の受付窓口の整備、原則7日以内の削除判断、対応結果の被害者への通知、そして年次の透明性報告書の公表が義務付けられた。
しかし、日米の法律は、詐欺広告そのものを規制する条文は薄く、誹謗中傷への対応を主眼とした設計のまま詐欺・偽広告問題に対応しようとしている限界もあるという。法律がAI時代に追いついていないというのが現状のようだ。
三つ目は、AI深化による問題の爆発的拡大だ。顔と声のディープフェイク技術が普及するにつれ、手口の精度が急上昇した。 プラットフォーム側の自動審査システムは「クローキング」、人間が見るページと審査ボットが見るページを意図的に切り替える技術によって巧みにすり抜けられてきたという。 技術が問題を作り出した側面は確かにある。だが、それを認識しながらMetaが放置し続けたとしたら、話は別だ。誰が見てもわかるような偽広告を放置してきたとしか思えない。
立法の圧力という外圧
訴訟のタイミングが今だった理由の一つに、政治的な風向きの変化もある様だ。米上院議員のルーベン・ガレゴとバーニー・モレノは超党派で、プラットフォームに詐欺広告への「合理的措置」を義務付ける法案を提出した。 Reutersの調査報道(2025年11月)はアメリカ人が詐欺オンライン広告によって年間数十億ドルの被害を受けていると試算しており、その報告書が法案の根拠として引用された。 Metaが自ら動かなければ、立法によって動かされるという現実が、遅ればせながら訴訟という形での「自主的な」対応を促したとも読める。
日本でも、2024年には神戸市など各地の被害者がMetaの日本法人を相手取り提訴し、翌月には首都圏・関西を中心に約30人が全国5地裁に一斉提訴するという動きがあった。 前澤さんも2025年に提訴している。日本での被害総額は3億円以上とされ、生き地獄という言葉で被害を語る原告もいたと報道された。
「遅すぎた正義」の意味
今回のMetaの訴訟そのものは評価に値する。詐欺業者を放置する代わりに法廷に引き出し、「プラットフォームは責任を持つ」という姿勢を示したことは一歩前進だ。しかし、それは外部からの圧力なしに実現しただろうか。内部文書が流出し、立法の動きが加速し、集団訴訟が各地で起きた後に、ようやく動いたと見えてしまうことは避けられない。あまりにも遅すぎたのだ。しかも、訴訟はアメリカでの話で、日本での対応はまだだ。
詐欺広告の問題は、テクノロジー企業の責任のあり方という、より根深い問いを突きつけている。プラットフォームは「場を提供するだけ」なのか、それとも「巨大な影響力を持つ広告代理店」なのか。MetaがAIを使った犯罪者を訴えながら、その犯罪から巨額の利益を得ていたという構造的な矛盾は、一件の訴訟では解消されない。訴えることは始まりに過ぎず、問われるべきは、プラットフォームが自らの経済的動機と向き合う意志を持てるかどうかだ。そこには、立法も司法も、そして私たちユーザーの目も、これからも注意深く向けられている必要があると思う。
