2025年12月31日、デンマークで400年続いた手紙配達が終わったという記事を読んだ。その赤い郵便ポストは、3時間で完売したという。手紙を出さなくなって久しいようだが、それでも、ポストを買ったということだ。デンマークは、人口600万弱で、九州くらいの国だから郵便事業の継続は難しかったのだろう。
日本にも、似たような風景が待っているのだろうか。ただし日本には、デンマークとは異なる道なのかもしれない。2007年の郵政民営化が異なる結末を用意するかもしれないからだ。
両国の郵便の量
調べてみると、日本の郵便物は、2024年度で125億6,607万通。デンマークが手紙配達を停止した2025年時点の取扱量1.1億通と比べれば、100倍以上の差がある。
年賀状だけでも、2025年元日には4億9100万通が配達された。この「厚み」が、日本の郵便を支えているのか、それとも延命させているだけなのか。
しかし、年賀状の発行枚数は、急速に縮んでいる。2026年用の当初発行枚数は7億4841万枚。前年2025年用の当初発行枚数10億7000万枚と比べると、減少率では約30%に達する。2024年用の当初発行枚数は14億4000万枚だったから、わずか2年で半減したことになる。
元日に実際に配達される年賀郵便物の数も同様だ。2025年元日に配達されたのは4億9100万通で、前年2024年元日の7億4300万通から34%も減少した。16年連続の減少となっている。個人的にも、そろそろ年賀状仕舞いかと思いつつ、受け取るのでまだ止めずにいるが、枚数は遥かに減った。
デンマークのデジタルポスト
デンマークの場合は、国民の95%が「デジタルポスト」を利用しているそうだ。「デジタルポスト」は、政府が提供する電子私書箱のようなデジタルサービスだ。このシステムを通じて、政府や公的機関からの重要な通知を紙ではなく、ポータルサイトやアプリを通じてデジタル形式で受け取ることができる。つまり、行政も金融も、すべてデジタルに振り切ったようになっている。この点で、デジタル化が進まない日本とは、大きく違っている
民営化という「別の物語」
2007年10月1日、日本郵政公社は解体され、持株会社と4つの事業会社に分割された。小泉政権が推し進めた「郵政民営化」だ。だが、その後の展開は、当初の理想とはかけ離れていった。2012年には郵便事業株式会社と郵便局株式会社が統合され、現在の「日本郵便」となった。2015年には日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の3社が株式上場を果たした。復興財源として約4兆円の確保が見込まれたが、2019年にはかんぽ生命の不適切販売問題が発覚。約18.3万件の契約で顧客に不利益が生じていたことが明らかになった。
日本が郵便を「止める」のはいつか
デンマーク型の転換が日本で起きるには、少なくとも3つの条件が必要だ。行政・金融・医療・法務の通知がデジタルに振り切れること。ユニバーサルサービス義務の制度設計を政治が「諦める」と決めること。そして、手紙量がネットワーク維持を正当化できない水準に落ちること。
日本郵便の将来収支予測を調べてみると、現状のサービス水準を維持した場合、郵便事業は近い将来に赤字化する見込みのようだ。2024年10月には定形郵便物が84円から110円へと値上げされた。それでも、2026年度以降は再び赤字に転落する予測となっている。
完全に郵便を廃止するのは、ChatGPTの予測によれば、早くても2040年代後半から2050年代が現実的なレンジだという。ただし、配達頻度の見直し、郵便局網の再編、手紙のプレミアム化(料金上昇・日数増)といった段階的な縮小は、2030年代から見込まれている。
民営化が遺したもの
現状を見て、郵政民営化は失敗だったのか。評価は分かれている。だが、少なくとも一つ確実に言えることがある。民営化によって、郵便事業は、公共インフラから収益を求められる事業へと変質したということだ。
営業費用の66.4%が人件費である日本郵便にとって、人件費の上昇は事業収支に直接影響する。労働集約的な産業であるがゆえに、効率化の圧力は現場に集中する。配達員は深夜まで働き、荷物の再配達に追われる。
フランスのラ・ポストは、郵便配達員に高齢者訪問サービスやIT端末の使い方指導といった新たな役割を与え、事業の多角化を図っている。日本でも郵便局のネットワークを地方自治体の事務受託や物販サービス、終活支援といった分野に活用する動きは始まっている。だが、それで郵便事業の赤字を埋められるかは未知数だ。
何を守り、何を諦めるのか
郵便を終わらせるという選択は、多くの国民にとって感情的に難しい。それが、デンマークでポストが完売したということに現れている。だが、持続不可能なサービスを維持し続けることが、本当に公共性と言えるだろうか。デンマークのように潔く終わらせるのか、それとも形を変えて生き延びるのか。日本の郵便制度は、今後岐路に立つ。民営化という道を選んだ日本には、デンマークとは違う終わり方が待っているのかもしれない。それは不採算という理由での事業停止か。
