Facebookと旧友

by elmarit

New York 1990

今週ニューヨーク時代の上司と飲んでいてお決まりの昔話。大昔のことだから、今とはいろいろなことが違った。1990年ころは日本人社会はバブルの余韻が残り、アメリカは不況の最中。そのうち湾岸戦争が起こり景気もさらに悪化したし戦争状態ということで緊張した。楽しくもあり大変なことも多かった。話は当時の同僚の話になり、その頃一緒に仕事をしていたアメリカ人の同僚を思い出した。アメリカのこととて彼は転職を重ね、こちらも忙しく、いつしか交換していたクリスマスカードも何年も前に絶えた。

昨日暇だったので、彼の名前をFacebookで検索してみた。同姓同名が20人以上もいたが、彼は自分の写真を貼り付けていたので友人を発見できた。それでメッセージを送ったらすぐに返事が返ってきた。

転職をいくつかした後、仕事の傍らボランティアとして、両親を殺害したとして服役している人の冤罪を晴らす再審を求める運動をしていたらしい。アメリカではずいぶん話題になった事件だそうだ。その事件にウエブなどのコミュニケーションでサポートして、無事再審が行われ釈放された後、弁護士協会のコミュニケーション・ディレクターになったそうだ。 ともかく元気にしていることが分かった良かった。

Facebookが無ければまた連絡を取り合うことができなかったかもしれない。便利な世の中になったものだ。Facebookは登録ユーザー数が6億に達する勢いで、アメリカ人のかなりの人が登録をしているはずだ。MIXIが2000万人登録があるとしても実名登録は少ないので、古い友人を発見するのは難しい。もっともFacebookではそのプライバシー保護の規約が問題になっている。

ソーシャルネットワークサービスはたくさんあり、Twitterが目下話題だが、私のその友人のようにFacebookをTwitterのようにこまめに書き込んでいる人もいる。YouTubeのような共有サイトは昔の曲とかちょっと聴いてみたい時に便利だし、LinkedInのようにビジネスマンが仕事を探すために必須になっているサービスもある。日本にもいくつかあるがアメリカのようには使われていない。アメリカは広大で転職や転居などの移動が多く社会の断片化が進んでいるからネットワークの必要性がある。しかし日本ではアメリカのように転職や離婚による転居も少なく、まだまだ地縁や職場といった関係の中で生活していることが多い。なのでネットワーク上に関係を作る仕組みが必要になるニーズは少ないのかもしれない。なので日本にあるのは匿名の責任も実態もないネットワーク。日本もいつかアメリカと同じ状況になるのだろうか。どちらが健全なのだろうか。

写真は、New York 1990 Kodachromeで撮影

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