Googleに対する反トラスト訴訟が進行中であり、司法省はGoogleのChromeブラウザの売却(スピンオフ)を含む是正措置を提案している。この裁判の過程で、DuckDuckGoのCEO、Gabriel Weinberg氏はChromeの価値を「500億ドル(約7.5兆円)」と試算し、OpenAIを含む複数の企業が買収に関心を示しているという記事を読んだ。
Google反トラスト訴訟の経緯と現状
2024年8月、米連邦地裁はGoogleが検索市場で違法に独占を維持していると判断した。判決では、GoogleがAppleやMicrosoftなど大手企業と締結した、自社検索エンジンをデフォルト設定にするための契約が反競争的であるとされた。
現在、判事のもと3週間の是正措置を決定するための裁判が進行中であり、司法省はChromeの売却やAndroidの分離など複数の是正案を提示している。
500億ドルの価値評価
DuckDuckGoのCEOは裁判で、Chromeの価値を「概算で500億ドル」と試算した。この評価はBloomberg Intelligenceのアナリストによる「200億ドル」という見積もりを大きく上回るものだ。もちろん、検索エンジン会社であるDuckDuckGoのポジショントークという見方もできる。
DuckDuckGoのCEOは、Chromeのユーザーベースがこの高評価の主な根拠だと説明している。実際、Chromeは世界のブラウザ市場で約64%のシェアを持ち、2位のSafari(21%)を大きく引き離している。
買収に関心を示す企業
OpenAIのHead of ProductであるNick Turley氏は、裁判でOpenAIがChromeの買収に強い関心を持っていると証言した。Turley氏は「ChatGPTはChromeの拡張機能として利用可能だが、より深く統合することで『AIファーストの体験』をユーザーに提供できる」と説明した。
また、AIスタートアップのPerplexityも買収に関心を示しており、同社のChief Business Officer、Dmitry Shevelenko氏は「我々はChromeを運営できる」と裁判で証言した。
一方、DuckDuckGo自身も「価格が問題でなければ」買収に興味があるとしたが、500億ドルはDuckDuckGoの予算をはるかに超えるため現実的ではないと話した。
スピンオフの検索・広告ビジネスへの影響
Chromeはユーザーの検索行動における重要な入り口であり、Googleの検索広告ビジネスの大きな収益源となっている。Chromeがスピンオフした場合、Googleはこの重要なコントロールポイントを失うことになる。
しかし、専門家の中には「ChromeをGoogleから切り離しても、グーグルの検索や広告の影響力が落ちるかは微妙」との見方もあるようだ。なぜなら、多くのユーザーは検索エンジンを選ぶ際に検索能力の良さを重視しており、iPhoneのように別のブラウザからでもGoogleが検索エンジンとして使われているからだ。
実際、Googleはアップルに対して年間数兆円を支払い、iOSデバイスのデフォルト検索エンジンになる契約を結んでいる。そのため、司法省は「iPhoneへのGoogle検索の標準搭載禁止」も是正案に含めている。
AI戦略への影響
GoogleはAI事業(Gemini)の強化に力を入れているが、皮肉なことに「GeminiによってWebサイトを検索しなくても欲しい情報に直接アクセスできるようになる」ため、従来の検索からの広告収入が減少するリスクがある。自社内で共喰いのリスクを育てているということだ。
Googleの幹部は「Geminiで検索の利便性が上がれば、ユーザーはより多く調べ物をし、結果的にWebサイトへの訪問も増える」と主張しているが、個人的には、ハルシネーションが無いなら、広告だらけのWebサイトよりAIの簡潔な回答が好しい。
株主・資本構成への影響
ある証券アナリストは「完全なGoogleの分割は起こらないと考えているが、仮に起きたとしても、各部分の合計が全体よりも大きいため、株主にとっては良いことだ」と分析している。
別のアナリストはさらに踏み込み、「Googleはバラバラに分散したほうが価値がある」として、解散によってYouTubeなどの個別事業の評価が明確になり、価値が高まると予測している。その場合には、YouTubeの単独価値を「455億ドルから643億ドル」と試算している。なんという幅だろうか。
広告市場の変化
Chromeがスピンオフされれば、デジタル広告業界にも大きな影響を与える可能性がある。現在、Googleの広告収入は2014年から2021年までの7年間で約470億ドルから約1,460億ドル(約21兆円)へと3倍以上に増加している。
司法省の提案には、以下のような広告市場への影響が大きい措置も含まれている
- 端末メーカー(Apple 、Samsung)との独占的契約の禁止
- Googleの検索データを競合他社に10年間提供することの義務付け
- Webサイトに対し、GoogleのAIモデルのトレーニングにデータを使用されることを拒否する権利の付与
これらの措置が実施されれば、小規模な事業者にもユーザーインサイトへのアクセスが民主化され、広告テクノロジーのエコシステムに変革をもたらす可能性がある。
広告への影響
広告主にとっては、検索市場の多様化によって広告戦略の見直しが必要になる可能性がある。現在、多くの企業がGoogle検索広告に依存しているが、複数の検索エンジンが競争する状況になれば、より広範な広告の選択肢が確立する。
スピンオフの技術的課題
ChromeはオープンソースのブラウザエンジンChromiumをベースにしているが、ChromiumはGoogleの所有物ではなく、MicrosoftのEdgeやVivaldiなど多くのブラウザで使われている。そのため、売却されるのはChromeブランドとユーザーベースであり、基盤技術そのものではない。
また、GoogleはChromiumの最大の貢献者であり、開発チームの移管など複雑な問題が存在する。「売却後、誰がChromiumの開発を主導するのか」「セキュリティやプライバシーへの影響はどうなるのか」といった懸念が残る。
GoogleのChromeスピンオフが実現すれば、それは単なる企業分割を超えて、AI時代の新たなブラウザ戦争の序章となる可能性がある。OpenAIやPerplexityなどAI企業がブラウザに強い関心を示していることからも、今後のインターネット検索とブラウジング体験がAIを中心に再構築される可能性が高いだろう。
Googleにとっては痛手となる可能性があるが、株主にとっては各事業の価値が明確になるというメリットもあるのは証券アナリストの見方だ。
いずれにせよ、この裁判の行方は、インターネットの未来を形作る重要な転換点となることは間違いない。