このところ、映像生成AIで動画を作り始めた。人間の音声もAIで制作している。私のような素人まで、そんなことをする時代になった。それを象徴するような現象が起きている。
架空のK-POPアイドルグループの楽曲が、現実のアーティストを抑えて米国の音楽チャートを席巻している。Netflixで人気のあるアニメーション映画「KPop Demon Hunters」に登場するボーイバンド「Saja Boys」の楽曲「Your Idol」が米Spotifyチャートで1位を獲得。これは男性K-POPグループとして史上最高位という快挙だという。さらに、劇中のガールズグループ「Huntr/x」の「Golden」も同チャートで2位を記録し、BLACKPINKを上回る結果を出した。この成功は、生成AIがもたらすエンターテイメントの現状と可能性を示唆している。
AIバーチャルアイドルの台頭
「KPop Demon Hunters」は公開からわずか2週間で3300万回以上の視聴数を記録し、Netflixで世界的に最もストリーミングされた映画となった。そのサウンドトラックも、Billboard 200でトップ10入りを果たし、今年公開されたサウンドトラックとしては最高の記録だ。
この現象は、近年注目されているバーチャルアイドルやAIアイドルの存在と深く関連している。現実のアイドルとは異なり、バーチャルアイドルはスキャンダルのリスクが少なく、常に完璧なパフォーマンスを提供できるというメリットがある。AI技術の進化により、リアルタイムでの表情の変化や繊細な動きの再現が可能になり、そのリアリティは高まる一方だ。
K-POPではすでに、メンバー全員がAIで構成されたガールズグループ「MAVE:」や、キャラクターを前面に押し出した「PLAVE」といったバーチャルアイドルが音楽チャートで実績を上げているそうだ。特に「PLAVE」は、男性バーチャルアイドルとして初めて米ビルボードグローバルチャートにチャートインするという快挙を成し遂げた。
「KPop Demon Hunters」の成功要因としては、報道によれば以下のように分析されていた。
- 高品質な音楽制作 BLACKPINKとの共同作業で知られるTeddy ParkやBTSのコラボレーターであるLindgrenといったトッププロデューサーが制作チームに加わっている点。これにより、現実のK-POPシーンと遜色ない、あるいはそれ以上のクオリティの楽曲が提供された。
- 魅力的なキャラクターとストーリー スーパーバンド「Huntr/x」のメンバーが秘密裏に「悪魔ハンター」として活躍するという設定は、ファンタジー要素とK-POPの華やかさを融合させ、観客の心をつかんだ。ライバルグループ「Saja Boys」が実は悪魔という対立構造も、ストーリーに深みを与えている。
- Netflixというプラットフォーム 世界中に展開するNetflixの巨大なユーザーベースは、作品の爆発的なヒットを後押しした。多様な文化背景を持つ視聴者にリーチできたことで、グローバルな現象へと発展した。
- 視覚的魅力とアニメーション技術 映画は2Dアニメーションの美学と3D表現を融合させ、非常に大胆なビジュアルスタイルを実現している。特に、キャラクターの表情は感情に合わせて細かく調整され、アニメーション世界のポップスターらしさを演出している。
生成AIが音楽業界にもたらす影響
今回の「KPop Demon Hunters」の成功は、生成AIが音楽業界にもたらす変革の一端を示している。生成AIは、すでに音楽制作の現場で楽曲生成、アレンジ、ミキシング、マスタリングといった多岐にわたるプロセスで活用され始めている。
- 制作の効率化とコスト削減 AIを用いることで、作曲や編曲にかかる時間を大幅に短縮し、制作コストを削減できる。これにより、個人クリエイターでも高品質な楽曲を制作する敷居が低くなる。
- 創造性の拡張と新たな表現 AIは膨大なデータを分析し、これまでにないメロディやリズム、ハーモニーを生み出すことができる。これにより、アーティストは新たなジャンルやスタイルに挑戦し、人間の想像力を超える表現を追求することが可能になる。
- パーソナライズされた音楽体験 AIはユーザーの好みを学習し、その人に最適な音楽を推薦したり、さらにはパーソナライズされた楽曲を生成したりすることもできる。
- 新たなビジネスモデルの創出 AIが生成した楽曲のライセンス販売や、AIを活用したライブパフォーマンス、インタラクティブな音楽体験など、これまでにない収益源が生まれる可能性を秘めている。
一方で、生成AIの台頭は著作権や倫理的な問題といった課題も指摘されている。AIが既存の楽曲を学習データとして使用することによる著作権侵害のリスクや、AIが生成した楽曲の著作権が誰に帰属するのかといった議論は避けられない。
マーケティングの観点から見た「KPop Demon Hunters」
「KPop Demon Hunters」の成功は、エンターテイメントビジネスにおけるマーケティングの巧みさを浮き彫りにしている。
まず、IP(知的財産)の多角的な活用が挙げられる。単なるアニメーション映画としてだけでなく、作中のキャラクターによる楽曲が実際にリリースされ、それが現実の音楽チャートで成功するという流れは、IPの価値を最大限に引き出す戦略だ。映画というビジュアルコンテンツで世界観を構築し、そこから生まれた音楽コンテンツが単体でヒットするという相互作用は、ファンエンゲージメントを強力に促進する。ファンは映画の世界観に没入するだけでなく、劇中のアイドルを「実在する」かのように応援し、その楽曲を聴くことで、より深くコンテンツに関わることができる。
次に、デジタルプラットフォームの最適活用だ。Netflixでのグローバル配信は、国境を越えた瞬時の拡散を可能にした。さらに、Spotifyなどの音楽ストリーミングサービスで楽曲がヒットすることで、音楽ファンへのリーチも広がり、SNSでの拡散も相まって、爆発的な話題性を生み出した。これは、ターゲット層が普段利用するプラットフォームで、質の高いコンテンツを適切なタイミングで提供することの重要性を示している。
また、ストーリーテリングの力も大きい。ただのK-POPアイドルではなく、「悪魔ハンター」というユニークな設定と、ライバルグループとのドラマティックな関係性は、単なる音楽を越えた物語としてファンを惹きつけた。このような深みのあるストーリーは、ファンダムの形成を促し、単発のヒットで終わらない長期的な人気を築く上で不可欠だ。
「KPop Demon Hunters」は、生成AI時代におけるエンターテイメントとマーケティングの新しい形を示した。単に技術が進化するだけでなく、その技術をいかに魅力的なコンテンツと効果的な戦略に結びつけるかが、これからのヒットの鍵となるだろう。その意味でも、韓国のコンテンツ制作能力はAI時代になってさらに高まったということだ。日本のアニメは、今までは世界の頂点にあるが、生成AI時代に進化を続けているとは言い難い。