OpenAIのグレーゾーン・マーケティング

by Shogo

OpenAIが2025年9月30日にリリースしたAI動画生成アプリ「Sora2」は、わずか5日間で100万ダウンロードを達成し、App Storeの無料アプリランキングで首位を獲得した。初週のiOSダウンロード数は62.7万件で、ChatGPTの初週60.6万件を上回る驚異的記録となった。

このOpenAIの成功を考えてみると、巧妙な「グレーゾーン・マーケティング」戦略が存在すると思われる。ただし、これが意図的なものかまでの自信はないが、Sora2のマーケティングを分析してみる。

グレーゾーン・マーケティング

まず、グレーゾーン・マーケティングの最大の特徴は、著作権に対する「オプトアウト方式」の採用だった。これは、マイケル・ジャクソンのような、亡くなっている著名人の肖像が使えたり、権利者が拒否するまで、ポケモンや鬼滅の刃といった著名なキャラクターや知的財産を、ユーザーが動画制作に自由に利用できる仕組みとなっていた。

この戦略により、ユーザーは、著名人や有名キャラクターを使った動画を次々と制作し、TikTokやInstagramなどのSNSで共有した。マイケル・ジャクソンがコメディをするとか、ロシアで踊るマイケル・ジャクソンといった動画や、炭治郎とドラゴンボールの孫悟空が戦う動画など、本来であれば著作権侵害となりうるコンテンツが大量に生成され、瞬く間にバイラル化した。

このような状況で多くの非難の声が上がった。なかでも、心を痛めたのは、ロビン・ウィリアムズの娘であるゼルダ・ウィリアムズが、彼のAI生成動画を投稿しないよう訴える声明を出したことだ。しかし、これさえ、Sora2の話題を加速する皮肉な結果となった。

これを見ていて思ったのは、この現象が1980年代のビデオテープ普及期におけるアダルトビデオの役割と酷似しているということだ。当時、ビデオデッキの普及を後押しした要因の一つは、家庭でアダルトコンテンツを視聴できるという、やや後ろめたいが魅力的な機能だったと思う。人々は、本来は制限されるべきだが、今は可能という限定的な機会に強く惹かれる心理を持つものだ。OpenAIは、この人間心理を深く理解し、活用したと考えられる。

希少性と排他性による需要喚起

Sora2は招待制を採用し、利用を米国とカナダに限定してリリースされた。誰でも無料でアプリをダウンロードできるものの、実際に動画を生成するには既存ユーザーからの招待コードが必要という仕組みである。

この制限が、かえって需要を高める結果となったことは疑いがない。SNSで招待コードの共有が活発化し、Sora2を使えること自体が、一時的にステータスとなった。マーケティング理論における希少性の原理を巧みに利用し、制限することで、むしろ欲求を高めた。まさに、古典的な飢餓マーケティングだ

リアルタイム話題創出の仕組み

Sora2が生成した動画の中には、倫理的に問題のあるコンテンツも多数含まれていた。亡くなった著名人のディープフェイク動画、架空の犯罪を映した偽造防犯カメラ映像、存在しない連続殺人犯のニュース映像など、社会的に議論を呼ぶコンテンツが次々と制作されたという。実際に見ていないが、このような事例が多く報道されている。

これらのグレーあるいはブラックな動画は高いニュース価値を持ち、New York Timesをはじめとする主要メディアで取り上げられた。特に、故人が著作権を主張できないため、亡くなった著名人やアーティストが格好の生成対象となった点は、計算されていたとしか思えない。

OpenAIは、こうした問題あるコンテンツの拡散を容認することで初期段階の話題性を最大化し、後から段階的に制限を強化するという二段階アプローチを採用した。これにより革新的技術としての認知と責任ある企業というイメージの両立を図った。ただし、先にも述べたように、これが意図的だったのかは自信がない。

段階的規制によるメディア露出

このような騒ぎを受けて、サム・アルトマン CEOが、著作権者に配慮して、彼らの収益化の道筋をつけると発表したタイミングは抜群だった。問題が顕在化してから対応を表明することで、問題発生による話題の喚起と対応表明という二度のメディア露出機会を獲得した。これが、最初から計算されていたなら天才的だ。

この炎上マーケティングとも呼べる手法は、継続的な話題性を生み出す。規制強化の発表自体がニュースとなり、さらなる認知拡大につながるというサイクルを作り出した。

cameo機能による共有性

ChatGPTを超える成長を実現した要因として、SNS適性が挙げられる。テキスト生成AIと比較して、動画は圧倒的に共有されやすく、バイラル性が高い。特にcameo機能により、ユーザーは自分や友人の顔を動画に挿入できる。この個人化された動画が、単なる技術デモを超えたエンゲージメントを生み出した。身近な人が登場する、ユーモラスで共有したくなるコンテンツが量産されたという。

OpenAIのSora2マーケティング戦略は、法的・倫理的境界線上で最大限の注目を集めつつ、後から段階的に制限を加えることで企業責任も果たすという二重構造にあった。ここが、グレーゾーン・マーケティングと呼ぶ理由だ。

この手法により、AI企業としての先進性と、社会的責任を重視する企業というイメージを同時に構築した。そして、その根底にはビデオテープやインターネット黎明期と同様、新技術の普及には禁断の魅力が大きな役割を果たすという人間理解があった。まさに歴史は繰り返したのだ。

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