カタールW杯、日本対スペイン戦。三笘薫の左足が、ゴールラインを割りかけたボールを空中で捉えたあの瞬間の写真は世界中に配信された。肉眼では、そして多くのカメラ角度からは、ボールは完全に外に出ているように見えた。しかし、テクノロジーは、ボールの膨らみがわずかに、数ミリだけ、白線の真上に残っていることを証明した。
「三笘の1ミリ」。それは、視覚的限界をテクノロジーが超え、日本中の、そして世界中のサッカーファンを驚かせた。テクノロジーがスポーツを変えた、歴史に残る象徴的な事件だ。だが、物語はそこで終わらない。2026年、北米で開催される次なるW杯で、FIFAは判定の舞台を、平面のミリから立体のデジタル空間へと引き上げようとしているようだ。
かつて、判定をめぐる議論はサッカーの醍醐味の一つだった。古くは、1986年のマラドーナの神の手。そして、2010年には、イングランド代表のフランク・ランパードが放ったシュートが明らかにラインを割っていたにもかかわらずノーゴールとされた疑惑のゴールがあった。これが引き金にとなって、2014年のゴールライン・テクノロジー(GLT)導入を加速させた。この時期に、審判テクノロジーが現実的になったということだろう。その後、VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入され、2022年には半自動オフサイド技術が産声を上げた。
しかし、これまでのテクノロジーにおいて、選手はまだ点や汎用的な3Dモデルに過ぎなかった。画面上に表示される選手の姿は、いわば記号だった。どの選手も同じような図形で表現され、身長や体格の違いは考慮されていなかった。だが、2026年のアバター技術は違う。身長198センチのエルリング・ハーランドと、170センチのリオネル・メッシでは、オフサイドラインの見え方が変わってくるかもしれない。選手の身体そのものがデータとして個別化されることで、判定はより現実に近づく。オフサイドは、足のつま先までの細かな情報があって初めて使い物になるからだ。
この技術が目指すのは、単なる精度の向上だけではない。スタジアムやテレビの前にいるファンにとっても、オフサイド判定がより見える化されることが重要だとFIFAは考えているそうだ。3Dアバターは放送映像にも組み込まれ、VARの判断がリアルタイムで視覚的に示される。従来の白黒の線引きではなく、選手の動きそのものを再現した映像が流れれば、観客も納得しやすくなるだろう。この映像が会場のジャイアントスクリーンに表示されれば観客も納得するし、エンターテイメントとしての価値もある。
昨年のインターコンチネンタルカップでは、フラメンゴとピラミッズFCの選手たちがこのシステムのテストに参加したという。結果は上々で、FIFAは「ワールドカップでの実用に耐えうる準備が整った」と宣言している。
オフサイド判定だけではない。FIFAは今大会で、全48チームに「Football AI Pro」という生成AI分析ツールへのアクセスを提供するそうだ。このツールは膨大なサッカーデータを解析し、テキスト、映像、グラフ、3Dビジュアライゼーションとして出力する。たとえば、過去10本のコーナーキックのパターンといった問いかけに、瞬時に答えを示してくれるようだ。
これまでトップクラスのチームだけが持っていた高度な分析能力を、新興国にも開放するとFIFAは説明している。試合前と試合後に使用可能で、試合中は使えない。競争の公平性を保つための配慮だ。資金力の差が戦力差に直結するサッカー界で、こうした試みがフェアプレーを実現できる可能性はある。
もうひとつ注目すべき技術は、審判が装着するボディカメラ「Referee View」の映像がAIで安定化されることだそうだ。昨年のクラブワールドカップで試験運用され、今大会では本格導入される。手ぶれ補正とモーションブラーの低減により、審判の一人称視点がより鮮明に映し出される。観客は審判と同じ目線で試合を見ることができ、判定の透明性が高まると期待されている。
技術が進化すれば、判定は正確になり、戦術は洗練される。けれど同時に、サッカーの持つ「あいまいさ」や「人間らしさ」が失われていくかもしれない。オフサイドの判定が0.1秒単位で争われるようになったとき、公正なのは間違いがないが、際どいシーンの判定にドキドキする感覚は残るのだろうか。
