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いつも通りエルに起こされて起きるが雨が降っていて散歩には行けなかった。おまけに気温がまた下がったようで寒い。
このところ疲れるのだが、それは過ぎた話で何人もの人の話を聞かなければいけないからだ。人の話はみんな微妙に違っているし、何が真実かはしらない。個人的にはどうでも良いのだが、仕事に関係があるとすると、そう口に出すわけにはいかない。事実は人の数だけあって何が何だか分からない。昔なら大変だったねで終るだろう。アカウンタビリティなんていつできなのだろう。Let bygones be bygones.の精神で行って欲しいものだ。
事実というのも困ったものだ。普段は芸能人のネタをやっているような朝のテレビ番組までオリンパスを取り上げている。犯罪的な行為があったことは明らかなようだが、実態はよく分からない。それがまるでオリンパス全体が悪いような論調だ。日本のメディアに独特な魔女狩り祭りで、他の重要な問題はどこかに置き忘れる。例えばTPPなどの議論にもう少し時間をかけたらと思うのだが、オリンパスばかりになってしまう。
テレビが毎日のように事実をつくっているので真実はどこかに置き忘れ、歴史が作られてゆく。ヴィーコは「真理と事実とは置換できる」と言ったが、事実の方は何が事実かはっきりしない世の中だ。いつも写真のたとえをすると、なぜか分からず画が作られるデジカメより、光がフィルムを露光してそれを科学的に現像して画が作られるフィルムカメラのほうが人間の手で作られる事実だ。そして、それが人間にとっての真理になる。