Netflixがワールド・レスリング・エンターテインメント(WWE)の看板番組「Raw」の独占ストリーミング権を50億ドル以上を投じて取得するという契約は、Netflixにとって注目すべき戦略的転換を意味する。
この契約は、Netflixは2025年から10年間、WWEのコンテンツを放映するために 50億ドル以上 を支払う。Netflixは5年後に提携を解消することも、さらに10年延長することもできるようだ。
Netflixは、これまで主にエンターテイメント業界に焦点を当てており、映画やドラマなどのコンテンツを中心にストリーミング配信サービスを行ってきた。スポーツ中継は、人気のプロスポーツの放送権料が高額な上、繰り返し見られるコンテンツではないために、ビジネスモデルが合わないと判断してきたと言われる。
しかし、コロナ禍収束後の契約者の成長の頭打ちから、事業戦略が見直されてきたようだ。その一つは、それまで否定してきた広告モデルの採用だ。日本でも2022年11月から廉価の広告付きプランが導入された。
もう一つは、ライブストリーミングへの傾斜だ。まず、クリス・ロックのコメディスペシャルのライブストリーミング配信が実施された。視聴者はリアルタイムでコメディアンのパフォーマンスを楽んだ。また、 特定のライブイベントや授賞式などをストリーミングすることがあった。これにより、Netflixは従来のテレビネットワークが主にカバーしていた領域に進出していたことになる。さらに、リアリティ番組のライブ放送もある。Netflixは、リアリティ番組「Love Is Blind」などのリアリティ番組のライブ版を配信している。
しかし、スポーツの分野は、入札に参加したものの、放送権料の高騰を理由に断念している。その代わり、スポーツに関連したドキュメンタリー番組に注力してきた。それが、FIの世界を追う「Drive to Survive」やゴルフ界の「Full Swing」だ。しかし、スポーツのライブ配信に踏み込むことはなかった。
少し、風向きが変わったのは、2023年11月にライブ中継されたF1パイロットとPGAのプロゴルフプレーヤーが参加するゴルフトーナメント「Netflixカップ」だった。このイベントは、PGAツアーとF1の双方の公認を受けていた。この頃から、スポーツのライブ配信に踏み込む可能性が想像されてきた。
そして、今回のWWEの「Raw」の独占放送権獲得だ。ついに、Netflixは、スポーツコンテンツのライブ配信に乗り出し、スポーツ分野に本格的に参入する。
今回の新たな契約は、ストリーミング配信サービス戦争における競争激化への対応と、加入者増加のための新たな手段の追求という、主に2つの戦略的要因によって進められているようだ。
Amazon、Apple、Disneyのような資金力のあるハイテク企業やメディア企業がストリーミング配信サービス分野に参入してきたことで、Netflixはトップのであり続ける方法を見つける必要に迫られている。Amazn Prime VideoのNFLやApple TV+のMLSとMLBの配信契約はライブスポーツをコンテンツ戦略の重要な一部にしている。いわば目玉コンテンツだ。Apple TV+のMLSとの世界独占契約はメッシのインテル・マイアミへの入団で大きな効果をあげていると言われる。
Netflixは、多世代の多くのファンを持つプロレス番組の権利を獲得することで、Amazon Prime Video、Apple TV+、Disney+、PeacockやHBO Maxなどに対抗してスポーツエンターテイメントで競争力を維持することを目指しているのだろう。また、ライブコンテンツは大手ストリーミング配信事業者にとっても重要な要素となっており、Netflixも「Raw」の契約により、競合に対抗できるような核となるライブイベントを手に入れたことになる。
Netflixは2022年、10年以上ぶりに加入者数が減少した。だが、世界的なストリーミング配信のリーダーであることに変わりはないが、Netflixは新たな成長源を見つける必要がある。WWEのプロレス・コンテンツは、ラテンアメリカやヨーロッパなどの国際市場で加入者を呼び込み米国内だけでなく、世界的な加入者の増加を期待している。
また、WWEというライブスポーツは、WWEの18-49歳の幅広いファン層を含め、Netflixに新しい層を呼び込む機会にもなるし、毎週のライブ番組は、顧客維持率の向上と解約率の低下にもつながるだろう。
Netflixは、ますます激しくなるストリーミング配信競合の状況で、競争力を維持するために戦略的にライブスポーツとエンターテイメントに進出する決定をしたのだろう。高価なWWEとの契約はリスクを伴うが、加入者増加の可能性、ライブ番組による解約の防止とともに、スポーツコンテンツを戦略的に活用するライバルに対する防衛策となる。
つまり、NetflixがWWEプロレスのライブコンテンツに参入する背景は、競合への対応とさらなる成長路線の追求に重点を置いた戦略上の重要な決定と言える。