Brain Rot(脳の腐敗)

by Shogo

オックスフォード大学出版局が、2024年の言葉に「Brain Rot(脳の腐敗)」を選出している。これは、海外では流行語になり、現代社会の深刻な懸念を浮き彫りにしている。TikTokやInstagramなどのソーシャルメディア中毒や、AIへの過度な依存がもたらす、精神状態の悪化や認知機能の低下への警鐘だった。AIのアドバイスで自殺するというのは、その典型だ。

これを証明するような研究結果が発表された。それは、AIとSNSが人間の思考そのものに影響を及ぼし始めていることを示している。

ペンシルベニア大学ウォートン校の教授の実験では、AIによる自動要約を使って健康アドバイスを書いた人々の文章が、驚くほど表面的だったそうだ。食事・睡眠・水分といった正しいけれど薄い内容ばかりで、独自の発想や感情の深みが失われていたという。確かに、AIはネットに落ちている言葉を繋ぎ合わせるだけだから表面的にならざるを得ない。

一方、従来型の検索を使った人々は、心や社会関係まで含めた多面的なアドバイスの文章が書けていたという。このように、AIが情報を整理する一方で、私たちの脳が考える努力を放棄しつつあると教授は指摘している。

MITの研究は、さらに踏み込んでいる。学生にエッセイを書かせたところ、ChatGPTを使ったグループの脳活動は最も低く、書いた内容を1分後に思い出せたのは、わずか17%だったという。つまりAIに任せるほど、記憶や理解が定着しない。自分の手を動かさずに書いたつもりになっても、脳はその内容を自分の思考として認識していない。思考と記憶の連動が断たれることで、自分で考えたという脳機能と記憶が失われていく。

こうした現象は子どもや若者にも及んでいるという。カリフォルニア大学サンフランシスコ校が6500人の児童を追跡した研究では、SNSを1日3時間以上使う子どもほど、読解力・語彙力・記憶力のテスト結果が低下していた。原因は単純だ。短い動画が与える瞬間的な快感が、読書や思考といった時間のかかる報酬への耐性を奪っていく。脳は常に即時の刺激を求めるようになり、集中力や忍耐力が持続しなくなる。さらに、SNSを多用する子どもほど睡眠の質も低下しており、脳の回復力そのものが損なわれているという。SNSのリスクは、以前より指摘されており、同様の研究はたくさんある。

成人や高齢者も例外ではない。スイスの大学が行った調査では、AIツールを頻繁に使う人ほど批判的思考力が低く、「自分で考える」習慣が薄れる傾向が確認されたという。便利さに慣れすぎた結果、情報を鵜呑みにしやすくなり、判断や想像の筋肉が弱っていく。いわば、脳のアウトソース化が進むことで、人間の内側で起こる思考のプロセスが空洞化しているようだ。ワープロの普及で漢字が書けなることと同じだ。

このような脳の省エネ化は、一見すると効率的だが、その裏で、創造性・記憶力・判断力といった人間らしい能力が静かに蝕まれていく。AIが調べ、SNSが考えを補ってくれる世界では、私自分の脳をほとんど使わずに日常を過ごしてしまう。使われない機能は衰える。情報社会が進むほど、知性の基盤がやせ細るという逆説が生まれている。使わない筋肉が失われていくことと同じことが脳でも起きる。

では、この流れをどう止めるかをMITの研究がヒントを示した。それは、順序にあるそうだ。まず自分の頭で構想を立て、考えをまとめたうえでAIを使う。計算式を自分で書いたあとに電卓で答えを確認するように、AIは仕上げの道具として活用すべきだという。また、SNSとの付き合い方も同様に、受け身ではなく能動的に使う。夜や食事中などスクリーンフリーの時間を確保し、読む・書く・話すといった思考活動を意識的に戻すことが重要だそうだ。

AIとSNSは、人間の知性を拡張する素晴らしい発明である。しかし、使い方を誤れば、思考の筋肉を蝕む知的退化装置にもなりうると多くの研究者が指摘している。テクノロジーが脳を鍛えるのか、腐らせるのか。その境界線は、どれだけ自分の頭で考えるかという自身の選択にかかっているようだ。だが、便利さに慣れると、それは難しくなるのが人間の常だ。

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