AdobeがChatGPTに来た

by Shogo

Acrobatは、Fireflyを既存サービスに組み込んで、生成AIにも積極的に取り組んでいる。それが、大胆なことを始めた。ChatGPTの画面から、Photoshopで写真を補正したり、Expressでフライヤーを作ったり、AcrobatでPDFを編集できるようになったのだ。

12月10日より、Adobeは自社の主力アプリケーション3つをChatGPTに無料で開放した。サブスクリプション契約も、アプリのダウンロードも要らない。プロンプトを打ち込むだけで、8億人を超えるChatGPTユーザーが、Adobeのプロ仕様の編集機能を手にすることになった。​設定のアプリからPhotoshopaなどが選べるようになった。筆者の場合には、Adobe Creative Cloudに契約しているので接続の際に、Adobeにログインした。これで、高度な機能も使えるのは、まだ試していないのでわからない。

従来なら、Adobe税と言われる月額数千円の契約を結ばなければ使えなかったPhotoshopやAcrobatを、なぜ無料で公開するのか。これにはAdobeの戦略がありそうだ。

Adobeは、ChatGPTからPhotoshopなどの主力アプリケーション3つを使えるようにしたことで何億人もの人が、Adobeのスキルを学ばなくても、自分の言葉でPhotoshopを使って編集できるようになった。かつて、Photoshopの使い方を習いに行ったが、そのような努力は不要になる。

この戦略は、新規ユーザーの獲得にあるのだろう。2025年第2四半期の決算では、Fireflyアプリの初回利用者が前四半期比で30%以上増加し、有料会員数はほぼ2倍に達している。このAI機能を入口として提供し、ユーザーをChatGPTから自社エコシステムに引き込むことを考えているのだろう。言ってみれば消耗品市場で一般的なサンプリングということか。

当然のことながら、ChatGPT内の機能はデスクトップ版Photoshopのフル機能には及ばないようだ。明度やコントラストの調整、背景のぼかし、グリッチやグローなどのエフェクト適用といった基本操作に絞られている。しかし、編集画面にはスライダーが表示され、ユーザーは手動で微調整できる。気に入らなければ「Open in Photoshop」ボタンを押せば、Web版Photoshopに移行し、レイヤー構造を保持したまま作業を続けられる。この「無料体験→本格利用への誘導」という動線設計が、Adobeのサブスクリプションモデルと接続されている。​この程度の機能が使えれば、一般的には十分だろうから、どの程度が本格利用を始めるか不明だ。

CanvaとGoogle Geminiとの競合状態

Adobeがこの統合を急いだ背景には、競合の台頭があるだろう。CanvaはすでにChatGPTと連携しており、グラフィックデザインの領域でAdobeのシェアを侵食しつつある。Canvaの年間売上高は30億ドルを超え、月間アクティブユーザーは2億3000万人以上。企業向け契約では、DocuSignやAirbnb、ニューヨーク証券取引所など2000件以上の大口顧客を抱えている。一方、Google Geminiは画像編集機能を強化してきた。特にNano Banana Pro登場で商用に耐えられる画像も生成できる。​

クリエイティブソフトウェア市場でAdobeのシェアは約58%を維持しているものの、Canvaとアフィニティの連携が、使いやすさとAIツールを武器にシェアを奪いつつある。特にアフィニティの無料化は脅威だろう。高額なAdobeサブスクから、Canvaに流れている数はかなりのもだろう。

市場全体は2025年時点で約150億ドル規模と推定され、年率8〜10%で成長しているが、この成長を支えるのはサブスクリプションモデルと、AIによる差別化だ。Adobeはこの競争環境の中で、ChatGPT統合によってプラットフォーム戦略を強化し、ユーザーとの接点を増やすことを選んだ。​

AIクレジットとアップセル戦略

Adobeは2025年度、AI機能による年間経常収益(ARR)の目標を2億5000万ドルに設定しているという。この収益を支えるのが、サブスクリプションプランの階層化と「AIクレジット」という仕組みだ。下位の「Standard」プランには月25クレジット、上位の「Pro」プランには4000クレジットが付与され、ユーザーがAI機能を多用すれば自然と上位プランへの移行を促される。ChatGPTでの無料体験は、こうしたアップセル戦略の入口として機能する。ユーザーがChatGPT上で簡単な編集を試し、もっと高度な機能を求めれば、Adobe本体の有料プランへと誘導される。この流れが効果を持つようになれば、Adobeの収益構造を支えるだろう。​

エージェント型AIとプラットフォーム戦略の未来

ChatGPT統合は、Adobeが進めるエージェント型AI戦略の一環でもある。Adobeは2024年10月、ExpressとPhotoshop向けのAIアシスタントを発表し、さらに複数アプリを横断する「Project Moonlight」というクロスアプリ・アシスタントも予告している。ユーザーが自然言語で指示を出せば、AIが適切なアプリを選んで作業を代行する。この「対話型インターフェース」の実現が、Adobe製品群全体の価値を高めることを考えているようだ。ChatGPTはその実験場として機能し、ユーザーの行動データを収集する場だと捉えているのかもしれない。​

ChatGPTとの連携がビジネスにもたらす影響は、短期的にはユーザーベースの拡大と既存顧客の囲い込みだ。しかし長期的には、Adobeが目指すのは、クリエイティブ・プラットフォームとしての地位確立だろう。ChatGPTのような巨大プラットフォームと接続し、他のAIモデル(GoogleのGeminiなど)とも連携することで、Adobeは単なるソフトウェア企業から、あらゆるクリエイティブ作業のハブへとの移行を意図しているのだろう。その過程で、無料提供というコストは、将来の収益源を確保するための投資だ。​

Adobeの賭けが成功するかどうかは、ユーザーが無料機能に満足して離脱するのか、それとももっと使いたいと有料プランに移行するのかにかかっている。ChatGPTという巨大な入口を手に入れたAdobeが、8億人のユーザーをどう自社エコシステムに取り込むのか。そのためには、Adobeの高いサブスクが障害になるだろう。その答えは、これから数年で明らかになるだろう。

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