顔認証技術は、私たちの日常生活に徐々に浸透してきている。まず、スマホのロック解除が代表的だ。空港でパスポートとの認証にも使われている。そして、その活用はさらに広がり始めている。アメリカのメジャーリーグベースボール(MLB)は、「Go-Ahead Entry」という顔認証を用いた入場システムを導入し、ファンの利便性を向上させている。この技術の導入は、大規模イベントやその他の業界における顔認証の可能性を示唆している。日本でも、ラグビーワールドカップ2019やオリンピック・パラリンピックでも、少人数のメディアを対象に顔認証が使われたが、MLBのような一般入場者を対象とした規模ではない。
MLBの「Go-Ahead Entry」は、顔認証技術を活用した入場システムで、ファンがチケットを提示したり、スマートフォンを取り出す必要なく、スムーズに球場に入場できることを目的としている。この技術を使うことで、従来の入場ゲートでの待ち時間や、チケットの提示の煩雑さが軽減され、ファンはストレスフリーで入場できる。
導入されているスタジアムは現在、フィラデルフィア・フィリーズ、ヒューストン・アストロズ、サンフランシスコ・ジャイアンツ、ワシントン・ナショナルズ、カンザスシティ・ロイヤルズ、シンシナティ・レッズ、タンパベイ・レイズの本拠地7つに限られているが、ファンからの反響は非常に好評だそうだ。MLBの副社長によると、「Go-Ahead Entry」の利用者の98%がポジティブな評価を示しており、従来の入場方法に比べて68%の時間短縮が実現しているという。
Go-Ahead Entryの利用は非常に簡単だ。ファンはまず、MLB Ballparkアプリで自撮り写真を撮影し、その写真がユニークな数値データに変換され、MLBアカウントに紐付けられる。実際の入場時には、スタジアムのGo-Ahead専用ゲートを通過する際に、設置されたカメラが顔認証を行い、事前に登録されたデータと照合する。もし一致すれば、その場でチケットが自動的に確認され、ファンはゲートをスムーズに通過できる仕組みだという。
MLBは、「撮影された画像はすぐに削除され、保存されることはない」と強調しており、プライバシー保護の面でも安心感が提供されている。また、顔認証システムと併用されるセキュリティスクリーニング技術により、入場プロセス全体が一貫してスムーズに進行する。
顔認証技術に対する懸念の一つは、個人情報の管理とそのセキュリティだ。Go-Ahead Entryでは、MLBが技術的、管理的、物理的なセキュリティ対策を講じており、収集されたファンの情報は業界標準以上のセキュリティで保護されているそうだ。また、顔認証技術の利用は任意であり、希望しないファンは従来のチケット提示方式で入場することも可能となっている。
MLBの取り組みは、スポーツ業界における顔認証技術の実用化の一例に過ぎない。この技術は、コンサートやフェスティバル、さらには空港や駅などの大規模交通機関でも応用可能だろう。例えば、一部の空港ではすでに自動チェックインやセキュリティゲートで顔認証技術が導入されており、その利便性が実証されている。今後、商業施設やオフィスビルでの入館管理、ショッピングモールでの決済システムなど、さまざまな場面で顔認証技術が活用される可能性がある。
顔認証技術は、生活を便利にする一方で、プライバシーやセキュリティに関する懸念も引き続き重要な課題だ。MLBの取り組みのように、利用者の同意を得てデータを安全に管理する仕組みを構築することが、技術の普及には欠かせない。
特に、日本においては公共の場での監視技術の導入には慎重な意見が多くから、顔認証技術の普及には時間がかかるだろう。トム・クルーズが主演した映画「マイノリティ・リポート」では、通行人の瞳認証が広告の表示のトリガーに使われるシーンがある。同じように顔認証を広告に使うようなことがあれば、大きな問題になるだろう。
だが、MLBの「Go-Ahead Entry」は、顔認証技術の実用化がどのようにしてエンターテイメント分野において新しい価値を提供するかを示す好例だ。顔認証技術は、未来のさまざまな産業においても大きな可能性を秘めている。その一方で、技術の普及にはプライバシー保護やセキュリティ対策が不可欠であり、社会全体での議論が求められる。ただ、マイナカードの例を見てもわかる通り、日本での導入はずっと先の事になるだろう。