オーストラリアのCanvaが、また一つ、興味深い発表をした。2025年10月30日に公開されたのは、「クリエイティブ・オペレーティング・システム」、通称COSだ。OSは種類が多いが、クリエイティブOSというような言葉は初めてだ。これは単なるデザインソフトの進化ではないとCanvaは言っている。彼らは、「アイデアの種まきから、育み、世に送り出し、その結果を見て改善する」までの一連の流れを、丸ごと支える大きな仕組みを築こうとしているのだそうだ。
まるでコンピューターの「OS(基本ソフト)」が全てのアプリを動かすように、このCOSは、クリエイティブな仕事全体を動かす心臓部になるという。デザインの道具箱から、仕事の基盤となる土台への戦略的な大転換と言える。
この新しい土台を支えるのは、三つの強力な柱だ。
デザインを理解するAI、「Canva Design Model(CDM)」 これは、ただの絵描きAIではない。デザインの「骨組み」まで理解し、色や形、文字の配置まで、ブランドのルールを守って自動で生成する。しかも、その生成物は後から自由に編集できる構造を持っている。まるで、AIが専属デザイナーになって、すぐに手直しできる下絵を渡してくれるようなものだ。
プロの道具「Affinity」を無料に 高度なプロ向けデザインソフトであるAffinityを、Canvaは皆に永久無料で開放した。これは、プロが使う高価なソフトの常識に、真っ向から勝負を挑む動きだ。誰もがプロ並みの素材を無料で手に入れられる、デザインの民主化の第二幕が開いたと言える。
「作って終わり」をなくす運用機能 「Canva Grow」という仕組みで、作った広告やコンテンツを、SNSなどに直接配信し、その効果を分析し、最適化までを一か所で行えるようにした。「運用」まで見据えた、仕事のためのシステムだ。
Canvaは今回の発表で、これらの仕組みを通じ、「情報の時代」から、誰もが「想像の力」を発揮する「想像の時代」へと移る、と宣言している。
COSが仕事を変える。
- ひらめきが即座に形に 「秋のキャンペーン用の温かい動画広告を作って」と伝えるだけで、AIが編集可能な動画や画像、3Dの初稿をサッと作り出す。
- 用途に合わせて変幻自在 一つのデザインを「元データ」として、ボタン一つでSNS投稿、プレゼン資料、ウェブバナーなど、様々なサイズや形に展開できる。一から作り直す手間はもうない。
- 作った後の手直しも簡単 生成されたデザインはバラバラのパーツ(レイヤー)になっているので、「背景の色だけ」「写真の中の被写体の色だけ」といった細かい修正が、簡単になる。
- AIが隣で手伝う 作業中に「@Canva」と呼びかければ、レイアウトや文章のアイデアをAIがリアルタイムで提案してくれる。
つまり、企画、制作、配信、分析、改善という一連のクリエイティブ・サイクルを、この「クリエイティブOS」一つで回せるようになった。
Canvaのこの動きは、他のデザインソフト大手に大きな影響を与えるだろう。
- プロの代名詞、Adobeへ Affinityの無料化は、Adobeが長年築いてきた高額なサブスクリプションモデルに揺さぶりをかける。「プロの道具」の価格と価値を見直す圧力がかかるだろう。また、Canvaの「編集できるAI生成」は、Adobeにとっても無視できない技術革新だ。
- 協調作業のFigmaへ リアルタイムの共同作業に強いFigmaに対し、Canvaは「人×AI×人」という新しいチームの形を提案する。AIがチームメンバーとしてアイデアを出すことで、Figmaも作業の流れの革新を迫られるだろう。
- 巨大企業Microsoftへ Microsoftのツール群と比べ、CanvaのCOSはSNS、動画、広告、データ連携まで、多様なフォーマットを一つの場所で扱える運用基盤としての完成度が高い。「制作から運用まで」の一貫性で、企業のブランド統一や効率化を目指す点で、強力なライバルとなる。
このCOSの登場は、マーケティングの世界にも構造的な変化をもたらすだろう。
これまでは、高品質なデザインは時間、コスト、専門知識が必要だった。しかし、COSはこれらの壁を一気に取り払い、「クリエイティブの制作速度」を最大化する。これまでの学習コストから解放されて、誰でもある程度以上の制作物が作れるようになる。
データに基づいた即時改善が可能にある。広告などを作り、配信し、その効果(データ)を見て、すぐに作り直すというサイクルが、一つの場所で、しかも高速で回せるようになる。つまり、クリエイティブ作業は、勘ではなく、データを元に最適化され、広告効果(ROI)を高めやすくなる。
広告主や制作者のルール徹底が容易になる。AIがブランドカラーやトーンを自動で守ってくれるため、世界中のどのチームが作っても、ブランドイメージがブレることがなくなる。企業のマーケティング活動全体に一貫性と信頼性が生まれるだろう。
この変化が意味するのは、マーケティング担当者の仕事が「道具を操作する人」から「素晴らしいアイデアを発想し、その結果を素早く読み解き、戦略を立てる人」へと変わるということだ。デザインの技術はAIに任せ、人はより本質的な想像力と戦略に集中する時代が本格的に到来したと言えるだろう。
この新しいCanvaのOSに問題があるとすれば、広告制作者などのプロが、これまでのAdobeのようなプロ仕様ツールから移行できるかどうかだ。つまり、個人的な固定概念から逃れられるかどうか。それから、発注者がアマチュアでも使えるようなツールをプロの制作者が使っていることを許容できるかどうかだ。プロのカメラマンが、コンデジで撮っても同じとは知っていても、発注者の手前からプロ仕様のカメラを使うのと同じことが起こる可能性が高い。そう考えれば、プロの制作者より、アマチュアが最初に使い始めそうだ。そこからイノベーターのジレンマが起こって行きそうだ。
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