大英博物館に展示されているパルテノン神殿の彫刻コレクション「エルギン・マーブルズ」の返還交渉が行われていると言う記事が出ていた。
イギリスの外交官エルギン卿は、19世紀の初めに、当時ギリシャを支配していたオスマントルコの許可を得てパルテノン神殿の大理石の彫刻をイギリスに持ち帰った。その後、この彫刻作品はイギリス政府に売却されて、今は大英博物館に展示されている。
この大理石の彫刻作品は有名なもので誰でも一度は見たことがあるものだ。それだけ有名なものだから、ギリシャ政府としてもイギリス政府としても簡単には解決できそうにない問題となっている。
記事では交渉が行われていること以上の内容を明らかになっていないとされている。交渉は一昨年の11月からギリシャの首相と大英博物館の会長の間で始まり、今も継続中のようだ。ギリシャ首相は、大英博物館から「エルギン・マーブルズ」の返還を受け、20年間はアテネのアクロポリス博物館にある他の部分の彫刻と合体して展示したいと言う意向を持っており、その20年間もさらに延長されることを望んでいるらしい。かつてはパルテノン神殿を取り囲んでいた装飾の一部がイギリスで展示されていることに対して不快な感情を持っているのだろう。これは充分理解できる。
大英博物館を含めてイギリス政府は、「エルギン・マーブルズ」は、合法的に取得されたものであり、返還義務がないと言う立場を主張しているようだ。
しかし、文化財返還の動きは広まりつつある。昨年、フランスやドイツはベニン青銅器をナイジェリアに返還したし、イタリアも200年にわたって博物館に展示していたパルテノン神殿の破片を返還した。また、バチカンもパルテノン神殿の破片を返還することを発表している。オランダも文化財を返還する方針をすでに発表している。
このように、世界各国が文化財を元の国に返還する動きを見せている中で、イギリスがどこまで立場を貫くのか。イギリス政府は2021年に法律を改正し、現時点で所有している「エルギン・マーブルズ」も含めた文化財の返還を制限している。
既にイギリスに対しては、ナイジェリアがベニン青銅器の返還を求めているし、イースター島の先住民は、イースター島から持ち去られた像の返還を求めている。一部にはロゼッタ・ストーンもエジプトへ返すべきだと言う意見も多い。このような状況で、ギリシャと「エルギン・マーブルズ」についての合意に達するのは難しいのかもしれない。それが、他の多くの文化財の返還要求の扉を開くことになるからだ。
もともと大英博物館は盗品博物館と言われるくらい、世界各国から集めた文化財や美術品で成り立っている。その中で最も有名なものがロゼッタストーンと「エルギン・マーブルズ」だ。
大学生の時に大英博物館に行って最初に見たのはロゼッタ・ストーンだった。ナポレオンが発見して、その後、イギリス軍がそれを戦争で奪ったと言う来歴や古代エジプト文字の解読に役立ったと言う歴史も興味深いものだ。ロゼッタ・ストーンの返還は、エジプト政府ではなく、学者が主張しているもので、現時点では大きな問題にはなっていないが、これもいずれそのような議論が起こるだろう。
19世紀から20世紀の歴史は、当時の帝国主義先進国の略奪の歴史であり、多くの文化財・美術品がそれらの国に運ばれている。だが、問題がそれだけではなく、大理石でできたような美術品は今もそのまま残るが、実際に奪われたものは人命であったり、文化・風習であったり形のないものも多い。日本も含めて当時の拡張主義の国は多くの植民地を持ち、その地域の文化財や文化、住民の生活を破壊し続けたのだった。しかも、それだけでは収まらない。その当時に、それらの国が勝手に決めた国境線が、今もアフリカや中東で残り、その地域の政治や経済に大きな影響を与えている。
壮大な大英博物館は、その略奪や破壊の集大成ともいえる。現在行われている交渉がまとまって、「エルギン・マーブルズ」がアテネに帰れるのが望ましい。その1つの解決方法として、メトロポリタン美術館がギリシャと結んだ協定が参考になるのではないか。ニューヨークの収集家によって集められたギリシャの古代美術のコレクションについて、メトロポリタン美術館は、それがギリシャ政府に帰属することを認め、契約を結んで両国で展示することになった。ギリシャ政府は所有権を回復して、ギリシャでも展示が行われることで、国民に触れる機会を作れる。メトロポリタン美術館も文化的名声や名誉を損なうことなく、展示を常にではないが続けることができる。このような形の合意が望ましい。さて、どうなることだろうか。失うものが多いだけにイギリス人の反応が心配だ。