AppleはESPNを買収するか?

by Shogo

スポーツ情報サイトのFront Office SportsにAppleによるESPNの買収についての記事が出ていた。内容は、アナリストによる推測だけで、何の中身のない記事で、いわゆる飛ばし記事と言っても良いのだろう。

DisneyはコネクティッドTVの増加でESPNの売上減少やDisney+の加入者減少のための赤字の理由により経営状況が悪化している。4-6月の決算報告では、Disney+の加入者数は、400万人減少した前期からさらに減少し、1億4610万人まで落ちている。しかし会社全体では売上高は3.8%増加し223億ドルの利益がアナリストの予想を上回っている。しかし、このほとんどの収益は、テーマパーク部門からもたらされるもので、Disney+やESPNなどの映像配信事業は、引き続き赤字が続いている。

この状況を受けて、ディズニーは事業の再編成を検討していると言われ、その中にはESPNの売却も組まれていると噂されている。

Front Office Sportsの記事は、仮にディズニーがESPNをの売却を決めた場合に、Appleが買う可能性についての記事だ。ESPNのが売却される場合には、500億ドル程度の価格が予想されており、時価総額が2.7兆ドルのApple規模の会社でないと買収が難しいのは事実だ。しかし現時点まで、AppleがApple TV+のために買収したスポーツコンテンツは比較的小粒なものだ。最大のものはメジャーリーグサッカー(MLS)との10年25億ドルの独占配信契約である。これ以外では、MLBの金曜日の試合のみである。MLSの契約はメッシのMLS移籍で予想以上の効果で契約者数が増加している。AppleがApple TV+のためにこれ以上スポーツコンテンツの充実を目指しているかどうかかどうかは現時点では不明だ。

そもそも、Appleは、キャッシュ・リッチにも関わらず買収に多額を投資するような企業ではない。2014年にBeatsを30億ドルで買収しているが、それ以外には大きな買収をしていない。そのために500億ドルでESPNを買収すると言うのは今までの歴史から考えてありそうにない。

確かにAppleがスポーツコンテンツで映像配信サービスを充実させようとすれば、ESPNは魅力的な会社である。ESPNは1億500万人の月間アクティブユーザーと2,500万人のESPN +加入者を持つ会社だ。そしてESPNを買収すれば、現在ESPNの契約をしている。NFL、 NBA、 WNBA、 MLB、 NHL、UFC、PGAツアー、テニスのグランドスラム、F1、カレッジフットボールのビッグ12とSECカンファレンス、そして2026年と2030年のNFLスーパーボールの放送権を引き継ぐことができる。

これらのスポーツコンテンツの独占契約を持つことにより、スポーツコンテンツで先行しているAmazonに追いつき追い越すことになる。

Amazonは、昨年よりNFL「Thursday Night Football」の独占配信権を獲得し、この配信により記録的な契約者を獲得することに成功している。さらに、WNBAや、ブラジルのストリーミング契約でNBAとも関係を深めている。しかし、40年もスポーツ放送に君臨してきたESPNのラインナップの比ではない。

DisneyはESPNが生み出す広告収入とケーブルテレビの配信契約のキャッシュフローにより多くの企業の買収を行ってきた。ESPNを傘下に持っていたABC/Capital Citiesの買収は、Disneyの歴史の中で大きな飛躍となったことは間違いない。

ESPNは44年前にスポーツ専門ケーブル局として創業し、親会社は、ゲッティ・オイル、テキサコ、ABC、Capital Cities、RJRナビスコと何度か変わってきている。現在はDisneyが80%、出版を中心とするHearstが20%を所有している。

AppleはこのESPNの80%かあるいはその一部を買収することにより、多くのスポーツコンテンツへのアクセス権を得ることになる。果たして、Appleはそのような判断をするのだろうか

個人的には答えはノーであるである。最近Sonyは祖業である。エレクトロニクスを社名から外して、コンテンツを中心とした企業に生まれ変わろうとしている。Sonyが作ってきたハードウェアは、ネットワークにつながるPlayStation以外は、付加価値を生まない。しかしAppleはiPhoneを中心にしたネットワーク企業である。販売しているのはハードウエアだが、ネットワークにつながったプラットフォームがビジネスだ。つまり、iPhone生態系と呼ばれるプラットフォームがビジネスの中心で、そこでコンテンツのビジネスを行っている。最終的に、消費者とつながっているのはiPhoneと言うハードウェアである。その際に強力なコンテンツがある事は望ましいが、マストではない。これがAmazonがNFLに巨額の投資を行ったと言う事と、アップルがMLSと言う比較的小規模なコンテンツの投資を行ったことの違いだ。入り口を握ることは大きな意味を持つ。

ESPNを買収すれば、一気に多くのコンテンツを手中に収めることができるが、今のAppleのスポーツコンテンツへの取り組みを考えると、そのように考えていないのではないかと思われる。仮に、NFLやNBAと言うアメリカでの大きなスポーツコンテンツを手に入れたければ、契約更新時に入札に参加すれば良いだけである。そこで、問題は時間だ。NFLの放送権は2033年まで確定しており、NBAは2030年代以降までの権利の入札が始まろうとしている。そして、MLBとNHLの放送権は2028年まで確定している。今すぐにAppleがこれらのスポーツコンテンツを手に入れようとすれば、ESPNの買収が近道だ。

しかし、それがAppleがとるべき道なのかと言うことだ。今は、レガシーのテレビ放送と映像配信の過渡期にあると言っている。つまり、レガシーの放送事業は、まだまだ巨大なプラットフォームとして、衰えつつあるとは言え、健在である。それに対して巨額を投じて、Appleが戦う必要があるかと言うことだ。

記事のアナリストは、AppleとESPNが最強の組み合わせになると言っているが、それは事実だ。だが、経営判断として正しいかどうかは疑問がある。

アメリカについても、サッカーはもはやニッチではないが、ニッチなコンテンツを格安で獲得するのは、ロングテールに優れているインターネットにおけるコンテンツビジネスの一つの方法と考えるからだ。

1990年代に、CBS/ABC/NBCの三大ネットワークに大きく遅れを取っていたFOXのマードックは、NFLとMLBの放送権を獲得して、FOXを三大ネットワークと互角の地位まで引き上げた。しかし、同じ放送の土俵で戦っていたFOXと、Appleのビジネスモデルは大きく違っている。大型のコンテンツの独占権を獲得する必要はないと考える。

1990年代は大型買収の時代でもあった。ESPNも含めて、多くの企業が売買されていた。同じようにFOXもスポーツのコンテンツに巨額の投資をして成功したのは事実である。それは、レガシーのテレビは、広告収入を目的として視聴者の視聴時間のゼロサームゲームを行っていたからだ。しかし、サブスク中心の映像配信は少し違う。

1990年代のニューヨーク勤務時代に付き合いのあったNBCスポーツのプロデュサーは、FOXにMLBの放送権を奪われた日のことを、葬式のような気分だったと言っていた。

だが、今は必ずしも巨大スポーツに頼る必要もなく、Appleは500億ドルもの投資は行わないと考える。

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