メディアの発展の歴史は、それを支える広告の歴史でもある。20世紀はテレビの時代であった。大量生産・大量販売を支える広告を背景にしたマスメディアは、多くの人々に同時に同じ情報を伝えた。企業が支払う広告費によって、消費者はメディアの対価を支払うことなく、情報やニュースエンターテイメントを楽しむことができた。結果的には、その広告費が商品に反映されて含まれていることで、消費者が負担していることには変わりはないが、消費者からは、それが見えない仕組みになっていた。
同様にインターネットの歴史も広告の歴史である。最初にインターネットが、既存のメディアから広告を奪っていったのは、新聞の案内広告やターゲットを絞り込まれた雑誌の広告であった。しかし、ブロードバンド化とともに、多くの情報をインターネットが伝えられることになると、インターネットのコンテンツや広告も動画もなった。マスメディア、特にテレビと同様の広告を配信できるようになったのである。
さらに、インターネットは、20世紀のマスメディアとは違う別の強みがあった。インターネットのユーザを特定して、そのユーザの正確な属性や行動履歴によって広告を配信することができたからだ。自動車会社のサイトで車をチェックしたユーザに対して車の広告を配信すると言うようなことができた。この結果、広告の有効性は20世紀とは違い、高い効果を得ることができた。
しかし、インターネットの広告を支えてきたユーザの情報がプライバシーの規制やユーザーの意識によって制限されている。
トランプ政権の誕生の際の大統領選挙で、Facebookにユーザーのデータが、本人の同意なしに利用されたこともきっかけの一つだ。この時には、Facebook は非難の対象になった。多くの人が、ソーシャルメディアを始めとするインターネットでの自らの個人情報に対して危惧を抱くようになった。その後ヨーロッパにおいて、EU一般データ保護規則(GDPR)が施行されると、世界各国も同様の、個人情報保護のための法律の整備を始めた。
この動きに最初に反応したのはAppleである。Appleは2017年に、その標準のブラウザであるSafariで、サイトをまたぐユーザをトラッキングする第3者クッキーを制限した。これにより、Safariを使うユーザに対してはその行動履歴がトラッキングできないために、高い精度での広告の配信が不可能になっている。
そして2021年には、iPhoneでは、アプリやサイトをまたぐ情報共有をユーザによる同意の機能を加えた。この変更のおいて、全世界のiPhoneユーザの80%がトラッキングされないと言うことを選んだと言う。これによって、Appleのデバイスでの広告配信は効率的ではなくなっている。これに対してFacebookは、小さな企業が生き残るために行う広告が制限を受けるとして、反対の新聞広告を出した。またGoogleは、Appleのプレミアム価格を払える消費者だけがプライバシーを守ることができるのはおかしいと非公式に発言している
そのGoogleも、2019年に「プライバシー・サンドボックス」というプライバシー保護の仕組みを発表して2023年にはサイトをまたぐトラッキングができる第三者クッキーをサポートしないことを発表している。ただGoogleはAppleと違いその収益のほとんどを広告によっているために、2023年までには広告のターゲティングの精度を維持できる仕組みを導入することも発表している。
Appleは近日中にリリースされるiOS 15において、さらにiPhoneのプライバシー機能を強化する。新しいプライバシーダッシュボードでは、どのアプリがいつデータを集めているか簡単にわかるようになる。さらに、メールではプライバシー保護を強化する。一般的にメールからプライバシーが漏れることが多い。メールの中にはトラッカーが含まれいる場合もあり、それによってユーザのIPアドレス等の情報を収集する。新しいAppleのメールアプリではプライバシー機能を強化して、メールによるドラッキングを困難にする。
iPhoneのシェアは日本では非常に高い。世界全体では2020年で、iPhoneのシェアは25%程度だが、日本においては66%もある。Appleの製品のトラッキングが制限されると、広告のターゲティング精度が落ちる。それが日本においてはスマホでは全体の3分の2が影響を受ける。インターネットの利用がPCからスマホ中心になっている現状考えると、今後はインターネット広告のあり方も大きく変わってくるだろう。企業によっては今まで通りの売り上げが見込めなくなる。その場合には製品価格に反映されることも起こるだろう。
その結果起こる事は、メディアとしてのインターネットを支えてきた広告費が減少する。そのために21世紀の花形産業であるインターネットコンテンツ企業は大きな影響受ける。広告に頼らないビジネスモデルも考えなければいけないだろう。ただし、有料課金も簡単では無い。Netflixのような強いコンテンツを持ち、有料課金が可能な企業でなければ、インターネットでのビジネスが続けられないかもしれない。
インターネットの普及から30年。そのビジネスモデルと、それを支えてきた広告のビジネスが大きく変わる転機が来ている。