メジャーリーグベースボール(MLB)の放送で大谷翔平を見ると、バターボックスの後にたくさんの日本向けの広告が出てくる。あれを見ると、30年前のこと思い出す。
初めてバーチャル広告と言う言葉を聞いたのは、ニューヨークに駐在中だった1990年代の初めだった。30年も前の話だ。
バーチャル広告を研究している会社のデモンストレーションを見るために、プリンストンまで出かけた。中継の映像に、バーチャルの広告がはめられて、角度を変えても実際の広告看板のように見えるデモンストレーションだった。
話を聞いた時から、今後はバーチャル広告が主流になると理解した。それは、仕事としていたスポーツのスポンサーシップ販売では、会場に来る数万人の観客よりも、テレビ放送を通じて看板を見る何百万、何千万の視聴者の方が重要だったからだ。技術が順調に推移すれば、すぐに実用化されると思った。
実際にはそれから少し時間がかかったが、アメリカでは、既にMLBだけではなくNHL 、NBA、 NFL、MLS (サッカー)が採用している。それを、私たちは日本向けのバーチャル広告という形で見ているわけだ。
アメリカだけではなくテニスのATPツアーや卓球のワールドツアーでもバーチャル広告が採用されているし、事例はどんどん増えている。
日本ではずっと遅れて、昨年2021年からバーチャル広告協会ができたり、福岡ソフトバンクホークスの試合でバーチャル広告が導入された。今のところアメリカや世界に比べると、かなり遅れていると言っても良いだろう。しかし、メリットが大きく、必要とする機器の値段が下がっているために日本でも同様に導入されていくだろう。
バーチャル広告には多くのメリットがある。1つは、会場の物理的な制約のために広告看板を設置できない場所にも広告を表示することができることだ。これにより販売する広告のスペースが増える。さらに、競技の視聴を妨げるために広告を設置できないピッチの上に広告を表示させることもできる。ピッチの上の一部を使って広告をペイントする事は可能で、今までも行われたことがあるが、ピッチを全面的に広告にしてしまうような事は不可能だ。しかしバーチャル広告であれば、競技の前後や競技が止まっている時間帯に全面的なバーチャル広告を表示することも可能だ。
別のメリットは、広告主の可能性を広げることと広告主のメリットを増やすことだ。例えば世界的なスポーツイベントで、全世界に放送される場合に、特定の国にしか商圏がないスポンサーの場合には、そのスポーツイベントの広告看板を購入する事は無駄が多い。しかしバーチャル広告によって、特定の国の放送にのみ、バーチャル広告を挿入することができるのであれば購入のチャンスは増える。
広告主としては、グローバルにて展開している企業であっても、国や地域ごとに広告の内容を変更できる事はメリットがある。例えば広告メッセージの言語を国や地域ごとに変えられる。また国や地域ごとに違う商品の広告を行うと言うことも可能になる。
このバーチャル広告の考え方をさらに進めれば、インターネット広告で行われているようにターゲット視聴者個人ごとに違う広告を表示すると言うことになる。初期のインターネット広告は、ウェブページの上にバナー広告が貼り付けられていた。つまり、スポーツイベント会場の広告のように見る人が全員同じものを見ていたわけだ。しかし、その後アドサーバーから広告を配信するようになり、コンテンツと広告が分離した。これにより、コンテンツとは別に、ターゲットに合わせた別々の広告を表示することができるようになった。
同様にスポーツイベントのバーチャル広告も最終的には視聴者個人別に広告が表示できるようになるはずだ。ただそこに至るまでは、単純に時間の問題なのだが、コンピューターによるグラフィックの生成パワーの向上を待たなければならない。
初期のバーチャル広告が、野球の中継のようにバッターを映す固定カメラでしか表示できなかったように、コンピューターのグラフィックの処理能力が関わってくる。現時点でもまだ、サッカーの試合のようなカメラが激しく動くような場合には、バーチャル広告の表示は難しい。しかしこれも時間の問題である。近い将来には、どれほどカメラが動いても広告を個人ごとに差し替えて表示できるだけの処理能力を持つはずだ。
それで思い出すと、90年代にバーチャル広告を見た後、まだコンピューターで、広告画像のはめ込めができなかった頃、後楽園では試合ごとに看板を物理的に差し替えていた。でも、そんな時代がすぐに過ぎ去って、バーチャル広告になっていった。