トランプ政権が「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」と「ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティ(RFE/RL)」の閉鎖を発表した。冷戦時代から自由と民主主義の価値観を世界に発信し続けてきたメディアが、その幕を閉じることになる。時代の変わり目を感じる。
この決定は、同時に進められている米国国際開発庁(USAID)の大幅縮小と合わせて、アメリカの対外政策の根本的な転換を示すものだ。私も、VOA Learning Englishで英語を学んだ一人として、この知らせに感慨深いものがある。VOAを聞きためだけに、昔、短波ラジオを買って今でもどこかにあるはずだ。
トランプ政権はUSAGM(米国グローバルメディア庁)を含む7つの連邦政府機関を解体する大統領令を発令した。これにより、VOA、RFE/RL、RFA(ラジオ・フリー・アジア)、MBN(中東放送ネットワーク)、Radio Martíなどの放送機関の閉鎖に向けた動きが急速に進んでいるそうだ。
調べてみると、VOAは1942年に設立され、RFE/RLは1949年に設立された。以来、米国のソフトパワーの重要なツールとして機能してきた。特に冷戦時代には、ソ連のプロパガンダに対抗し、「鉄のカーテン」の向こう側にいる人々に検閲のないニュースを提供することで、民主主義の理念を広める役割を果たしてきた。
また、英語力向上に悩んでいた私にとって、VOA Learning Englishは生の英語を聞く重要な手段である時期があった。今と違い、英語が聞けるメディアはあまりなかった。しかも、当時、英語ニュースは速すぎて聞き取れないと感じていた私にとって、ゆっくりとした明瞭な発音と基本的な語彙で構成されたVOAはピッタリの教材だった。
VOAの閉鎖と先立って進んでいるのが、USAIDの大幅な縮小だ。1961年に設立されたUSAIDは、これまで400億ドル以上の予算を管理し、約130の国・地域で事業を展開してきた米国の主要な対外援助機関だった。
しかし、トランプ政権はUSAIDを国務省と統合する計画を進めており、2月2日にはUSAIDの公式サイトがアクセス不能となり、職員は庁舎に入らないよう指示されたそうだ。2月23日には約1,600人の削減が指示され、1万人以上いた職員を約600人に絞り込む計画が報じられた。
VOA閉鎖とUSAIDの縮小は、単なる予算削減にとどまらない、アメリカの国際的なプレゼンスと影響力の根本的な転換を意味する。これは、長期的に見れば、アメリカにとって大きな損失になるであろう。それはソフトパワーの喪失だ。
ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が提唱したソフトパワーとは、強制ではなく同意によって影響力を行使する方法だ。第二次世界大戦後のアメリカは、ハリウッド映画やポップミュージック、大学教育など文化的魅力を通じて他国に自国の価値観を浸透させた。例えば、当時のエルビス・プレスリーやジェームス・ディーンといった文化的アイコンは、軍事指導者以上に欧州におけるアメリカの影響力拡大に貢献したとも言われている。
軍事力や経済力といったハードパワーとは異なり、文化、価値観、外交政策の魅力によって他国を惹きつけ、影響力を行使する。アメリカは、ハリウッド映画や音楽、自由と民主主義といった価値観、そしてVOAのような情報発信、USAIDを通じた開発援助などを通じて、世界中にそのソフトパワーを浸透させてきた。
アメリカのソフトパワーは、その文化的な魅力や普遍的な価値観によって、世界中の人々の心を掴んできた。その結果が、軍事的な影響力は別にして、アメリカ企業が食品からファッション、テクノロジーに至るまで世界に受け入れられている今の状況だ。
しかし、情報発信の縮小や開発援助の減少は、アメリカの国際的なイメージを損ない、影響力の低下を招く可能性がある。特に、中国をはじめとする他の大国がソフトパワー戦略を積極的に展開している中で、アメリカの存在感が薄れることは、国際秩序のバランスを大きく変える可能性がある。
アメリカのソフトパワーの低下は、単に文化的な影響力の減少にとどまらず、長年にわたり築き上げてきた経済的、政治的なブランド力を根底から揺るがし、ひいてはアメリカの企業活動や国際的な政治活動に深刻な影響を与える可能性がある。
経済的な側面から見ると、ソフトパワーはアメリカ製品やサービスのブランドイメージを大きく左右する。「メイド・イン・アメリカ」というラベルは、かつて革新性、高品質、信頼性の象徴であり、世界中の消費者に安心感を与えてきた。しかし、アメリカの文化的な魅力や価値観への共感が薄れるにつれて、そのブランド力は相対的に低下するだろう。
これは、アメリカ企業の海外市場における競争力低下に直結し、特に若年層や新興国市場においては、より魅力的な代替品を選ぶ傾向が強まることになるかもしれない。移民や観光客の減少や海外からの投資の冷え込みも懸念される。
ケネディ大統領時代からアメリカが持っていた「憧れの国」というイメージが薄れることで、観光やビジネスの目的地としての魅力が低下し、経済的な損失を招く。また、イノベーションや起業家精神といったアメリカ経済の強みも、多様な人材の流入や国際的な協力によって支えられてきた。ソフトパワーの低下は、これらの要素を弱体化させる恐れがある。
トランプ政権は目先の効率を重視するあまり、アメリカのブランド力を、VOAの廃止やUSAIDの縮小を通じて毀損しているように思える。