イーロン・マスク氏のxAIが、AI駆動のオンライン百科事典「Grokipedia」をリリースした。すでに日本からでも見られるが、日本語には対応していない。Grokipediaは、Wikipediaに挑戦状を叩きつけているが、Wikipediaにも、すでにGrokipediaの項が立っている。
マスクは以前からWikipediaを「偏向している」「プロパガンダに満ちている」と強く批判しており、Grokipediaを「プロパガンダを一掃」し、真実、完全な真実、真実以外の何物でもないものを目指す、より偏りの少ない情報源とすると発言している。
Grokipediaは2025年10月27日に「バージョン0.1」として公開された。ローンチ直後には一時的にサイトがダウンするトラブルもあったが、現在、約88万5,000件の記事を擁している。これは英語Wikipediaの700万件以上という記事数には遠く及ばないものの、マスクは将来的に「バージョン1.0では10倍改善される」と自信を見せている。
Grokipediaの構造とWikipediaとの決定的な違い
Wikipediaが世界中のボランティアの書き手や編集者による共同作業で成り立っているのに対し、GrokipediaのコンテンツはxAIの大規模言語モデル(LLM)であるGrokによって生成・維持される点が最大の違いだ。
- コンテンツ生成: GrokipediaはAI生成、Wikipediaはボランティアによる共同編集。
- 記事数(初期): Grokipediaは約88.5万件、英語Wikipediaは700万件超。
- 編集: Grokipediaではユーザーによる直接編集はできず、修正依頼をGrok AIが審査する形。Wikipediaはユーザーが自由に編集し、透明性の高い改訂履歴が公開される。
また、Grokipediaは完全にオープンソースであるとマスクは述べている。ただし、初期の記事の多くはWikipediaから翻案されたものであり、Creative Commons Attribution-ShareAlike 4.0 Licenseに基づいている旨の注記が見られる。これは、マスク氏が批判するWikipediaの知識ベースに、Grokipedia自体が依存しているという皮肉な状況を示している。
浮き彫りになる偏向と懸念
Grokipediaは偏りのない情報を標榜しているが、現時点ののレビューでは、その内容がマスク個人の政治的見解や、保守的な論調に強く傾いていることが指摘されている。
例えば、
- アフリカ系アメリカ人の奴隷制度に関する記事では、「1619プロジェクト」に対する批判に焦点を当てている。
- トランスジェンダーに関する項目では「トランスジェンダー主義」といった蔑称を含む用語を使用し、トランス女性を「生物学的男性」と記述している。
- 同性婚の検索結果に記事が表示されず、代わりに「ゲイ・ポルノグラフィ」が示唆され、これが1980年代のエイズ流行を悪化させたという誤った情報が掲載されていた。
- ジョージ・フロイド氏に関する記事では、Wikipediaが白人警察官による殺害を強調するのに対し、Grokipediaはフロイド氏の犯罪歴を冒頭で強調している。
これらの事例は、AIが生成した情報が、開発者の意図や訓練データの偏りによって、特定のイデオロギーを助長するリスクを明確に示している。Wikipediaの共同創設者であるジミー・ウェールズが「AI言語モデルは百科事典の記事を書くには十分ではない」と述べているように、AIによる知識のキュレーションには正確性や信頼性における大きな課題が残る。
Grokipediaが競争優位性を確立できるかどうかは、以下の課題にかかっている。
- AIの透明性と信頼性 Grokipediaは、AI生成のためにコンテンツ生成のスピードと規模でWikipediaを上回る可能性がある。しかし、AI生成ゆえの「ハルシネーション」のリスクや、情報源と編集プロセスの不透明性が、知識としての信頼性を著しく損なうだろう。Wikipediaは、開示された手順による共同作業という人間の信頼で成り立っているが、Grokipediaは、目に見えないAIの生成に依存している。
- 規模とカバレッジ 初期段階の約88万件の記事数では、700万件超のWikipediaに情報量で大きく劣る。ユーザーが日常的に必要とする情報の網羅性を確保できなければ、単なるニッチなイデオロギー的リソースに留まる可能性がある。
- 既存勢力の反撃 Wikipediaの運営元であるWikimedia Foundationは、自社の非営利性、透明性、そして人間による共同作業の価値を強調し、Grokipediaを「Wikipediaの知識に依存している」営利目的のフォロワーとして位置づけようとしている。
結論として、Grokipediaは、既存の知識の権威への不満を巧みにマーケティングの軸とし、独自のAI技術とマスクのパーソナルブランドをテコに、新しい情報エコシステムの構築を目指しているようだ。しかし、知識ベースとして市場で成功を収めるには、そのイデオロギー的な主張よりも、情報の正確性、信頼性、そして網羅性でWikipediaの牙城を崩せるかが鍵となるだろう。
