CNNのマーク・トンプソンCEOは社員向けのメモで、今後ストリーミングのサブスクリプションを含めたデジタルに舵を切ることを発表した。
まず背景として、ケーブルテレビの衰退と視聴者の高齢化がCNNの業績を直撃し、特に若年層のテレビ離れが顕著なことがある。ニュースを含めたメディア接触は、スマアホが中心になり、CNNが中心事業にしていたケーブルTVでのニュースチャネルは、過去のものになりつつある。トンプソンCEOはこの認識のもと、CNNの組織改編と大胆なデジタル戦略の転換を発表したということだ。具体的には、CNNの国内外のニュース取材部門を統合し、全プラットフォームをカバーする「マルチメディア・ニュースルーム」を構築するという。
これまでの中心事業のケーブルニュースチャネルは、引き続き重要視しつつも、他部門との統合により制作コストの削減し、ジャーナリズムの質を落とすことなく、財務基盤の立て直しを目指すという。
凋落が激しい新聞業界において、ニューヨークタイムズをデジタル戦略で大きく成長させたトンプソンCEOに、CNNは将来を託している。トンプソンCEOは、前CEOのスキャンダルでの退任を受けて、NYTでのデジタル分野での実績を買われて、2023年9月にCEOに就任している。
今回発表された一つの施策は「マルチメディア・ニュースルーム 」だ。CNNの国際、国内、デジタルニュースチームを1つの部門に統合することで、一つのコンテンツをマルチユースすることを意図している。
彼のメモには、「既存ケーブルニュースのジャーナリズムとデジタルジャーナリズムを完全に統合し、データサイエンスとデジタルの専門知識をニュース部門が今以上に利用できるようにする。統合されたひとつのチームで、すべてのプラットフォームのストーリーをカバーしたい」。
つまり「マルチメディア・ニュースルーム 」とは、統合されたニュース業務のことであり、国際、国内、デジタル、ケーブルニュース、データの各機能を結集し、プラットフォーム間で連携した一貫性のある報道を可能にすることを意図している。
これは、いくつかの方法で視聴者のエンゲージメントを向上させる可能性があると思われる。ウェブ、モバイル、ソーシャルメディアなど、さまざまなプラットフォームに適したフォーマットでストーリーを伝えることができるようになる。これにより、リーチが拡大し、視聴者の視聴態度の違いにも対応できると思われる。
また、視聴者はニュース速報の際にツイートやライブ動画などを通じてリアルタイムで情報を得ることができるようになる。それで必要なら、CNNのケーブルニュースや他のプラットフォームでニュースに接触する。この過程にデジタルプラットフォームが入ることで、双方向性を確保して、「マルチメディア・ニュースルーム 」は迅速なフィードバックを得て、コンテンツの改善をすることができるようになる。
3番目のメリットは、パーソナライゼーションとセグメンテーションだ。:デジタルメディアのデータ分析により、視聴者をセグメンテーションし、彼らの興味に合ったおすすめコンテンツをパーソナライズすることができる。「マルチメディア・ニュースルーム 」は、ターゲットに合わせてコンテンツを制作し、必要なら別の切り口を用意することができる。
4番目は、インタラクティブなマルチメディアコンテンツを配信することで、視聴者を、受動的なニュース消費から能動的な関与を促進する。クイズや投稿促進、ゲームなどの参加性のあるコンテンツでエンゲージメントを高めることができる。これもデジタル化のもたらす恩恵だ。
まとめると、マルチメディア・ニュースルームにより、CNNへ接触とインパクトを高めるためにコンテンツを最適化することにより、いくつものプラットフォームを持つCNNとのプラットフォームを跨いだエンゲージメントの促進を意図している。これは、デジタルメディアの理想的な姿といえよう。
ただし、逆の見方をすれば、各プラットフォームに分かれているニュースルームの統合により、重複機能を削減してコストカットを行うということでもある。メディアが、インターネットとデジタル技術により、マルチメディ化している今では、当然のアプローチだ。すでに、多くのメディアが同様の施策を取り成功している。
事例としは、トンプソンCEOが在籍したNYT紙だ。すでに紙面、デジタル、ビデオ、オーディオの各チームを統合し、ニュースルームとしている。ジャーナリストは、ウェブサイト、モバイルアプリ、紙面、ポッドキャスト、ドキュメンタリーなど、複数のプラットフォーム向けにコンテンツを制作している。
BBC News も同様だ。テレビ、ラジオ、オンライン、ソーシャルメディアなど様々なチームをBBC Newsブランドの下にまとめている。そして、マルチメディアコンテンツに取り組む部門横断的なチームがある。
Vox Media は、Vox.com、SB Nation、Eaterなどのブランドのために、テキスト、ビデオ、ポッドキャストなどを扱うチームを擁する統合ニュースルームを運営している。ニューヨーク、ワシントンDC、ロンドン、ロサンゼルスにニュースルームを持つ分散型モデルとなり、ネットワークで繋がれて協業している。
Vice Media は、ViceブランドやVice News、Vice Sportsなどのサイト運営で、記事、ドキュメンタリー、テレビ番組などを制作するチームを持つ統合ニュースルームモデルを採用している。
BuzzFeedは、ウェブサイト、ビデオ、ニュースレターなどで活躍するジャーナリストを集めている。本格的なニュース報道に進出するにつれ、統合ニュースルームのアプローチを採用している。
つまり、大手デジタルメディア企業は、コンテンツのマルチメディア化を進め、ニュースルームの統合し、複数のプラットフォームを横断して視聴者の嗜好に対応していると言えよう。
しかし、CNNがマルチメディア・ニュースルームを導入で成功するかについては、不透明な要素もある。
まず、どんな組織でも同様だが、違う組織を統合する際には様々軋轢が生まれる。これが、CNNでスムーズに進むかという問題がある。これは厄介な問題だ。基本的に人間は変化を嫌う。
そして、それより大きいのは、CNNの長い歴史だ。CNNは40年以上も前に、テッド・ターナーが当時は存在しなかったケーブルニュース局を立ち上げたことから始まる。メディアのパイオニアとして長年成功を収めてきた。このCNNの歴史と文化が障害になる可能性もある。多くのスタッフは従来のテレビ中心のやり方に慣れている。これを、デジタルファーストで、プラットフォームにとらわれないマルチメディアの考え方をするのは簡単なことではない。単一メディアであるNYT紙での成功とは違うチャレンジがあるだろう。
そして収益の規模や率の問題がある。世の中がデジタルに向かっているのは事実だ。だが、現時点でCNNがどのようにモバイル・ウェブから十分な収益を上げ、テレビの落ち込みを補うかはまだ不透明だ。CNNのようなテレビ広告で大きな利益を上げてきた企業にとって、落ち込みが進むテレビ広告の収益を、デジタルで埋め合わせるのは難しい。デジタル広告全体では巨額な広告費だが、その多くはGoogleやMetaなどの売り上げとなっている。それ以外のデジタルメディアは、言ってみれば薄利多売だ。だから、今後は、収益モデルとしてサブスクリプションも選択肢になるだろう。そして、そのサブスクの料金に見合うコンテンツをCNNが生み出せるかは大きな課題だ。
テレビニュースの大メディア企業を、デジタル主導の機敏なマルチメディア組織へと方向転換させることは、トンプソンCEOにとってもCNNにとっても大きな挑戦だろう。