テスラは、2024年第1四半期に38万6,810台の車を販売した。これは前年同期の42万2,875台や前四半期に比べて大幅に減少している。この低迷の原因はいくつかあると思われるが、フリーモント工場のModel 3の生産調整や紅海でのホーシ派による攻撃やベルリン工場の放火事件による出荷遅延も、その一部だ。
だが、電気自動車への参入が増えて競争が激化したことも原因だろう。フォードはマスタング・マッハEの価格を最大8,000ドルも下げたし、GMも新しいシボレー・イクイノックスEVを発表した。BYD、フォルクスワーゲン、ヒュンダイ、KIAなども電気自動車での存在感を増しつつある。特に中国メーカーの電気自動車は、テスラよりはるかに安い価格帯で売上を伸ばしている。この結果、電気自動車市場で圧倒的に強かったテスラの市場支配が揺らいでいる。
さらに、テスラそのものも問題を抱えている。イーロン・マスクCEOのリーダーシップやサービス面での問題、新モデルの遅れなどもある。だが、問題はそれだけではない。盛り上がった電気自動車ブームが一巡したことも理由と考えられる。様々な要因が重なっているのだろうが、テスラの株価も大きく下落している。
最も電気自動車への移行に積極的なヨーロッパでは、電気自動車の普及率は2022年時点では21%であり、2022年に販売された車の5台に1台以上が電気自動車となっている。これをさらに進めるために、EUが2035年までに内縁機関エンジンの車を禁止して電気自動車に完全に移行することを決めていた。しかし、このタイムラインについては経済重視派と環境重視派の間で論争が起きていた。
その結果、2023年になって、「2035年までにガソリンエンジン車の全面販売禁止」をEUとして撤回した。これを受けて、2024年3月に、メルセデスベンツは、2030年までの完全電気自動車化を撤回し、2030年代もハイブリッド車などエンジンを搭載した電動車も販売する事が発表された。
この撤回に至るまでに、EUを各国別に見ると、それぞれの国の事情があって電気自動車化については、立場が微妙に違っていた。
ドイツ
自国の自動車産業のために完全電気自動車化には反対していた。電気自動車に加えて、e-fuel(再エネ由来の水素を用いた合成燃料)を推進しており、既存のガソリン車やディーゼル車の生産ラインを維持することを重視している。それでも2030年までに1000万台の電気自動車を販売することを目標としていたが、2023年11月に目標を下方修正し、2030年までに700万台から800万台に減らした。急いで電気自動車化を進めないということだ。
フランス
フランスの電気自動車の普及率は、2022年販売台数で、電気自動車にPHVを加えた比率は21%。2040年までにガソリン車とディーゼ車の新車販売を禁止することを目標としていたが、2023年12月に目標を2035年に前倒しした。ただし、補助金は廉価な中国製電気自動車を対象外にして自国の自動車会社を優遇しようとしているようだ。フランスは、EUの決定でも変わらずに2035年の完全な電気自動車化を維持する。
イギリス
イギリス政府は、2030年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止することを目標としていたが、2023年10月に目標を2035年に延期することを発表した。EU加盟国ではないが、EUより積極的に電気自動車化を進めるようだ。
イタリア
電気自動車シフトには慎重な立場を取っており、雇用への影響を重視している。2035年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止することを目標としているが、具体的な政策はまだ発表されていない。あまり積極的でないということを伺わせる。一応、目標はおいているが具体的な実施には消極的ということだろう。
ポーランド:
2035年までにガソリン車の全面販売禁止には反対の立場をとってきた。2022年の新車販売台数における電気自動車のシェアは11%。あまり積極的ではない。
スペイン
スペイン政府は、2040年までにガソリン車とディーゼ車の新車販売を禁止することを目標としているが、具体的な政策はまだ発表されていない。イタリアと同じく、目標は定めているが具体的には何も始めなということだろう。
慎重な立場のこれらの国に対して、ノルウエー、スウェーデン、デンマークなどの北欧は電気自動車化に積極的で高い補助金のために普及率が高くなっている。自国に自動車産業がないということも理由だが、エネルギー源として石油を輸入していることも関係しているだろう。エンジン車がなくなれば石油の輸入も減らせるからだと思われる。
2035年の完全電気自動車化については、各国の雇用政策や産業政策、エネルギー事情も大きく関係しているようだ。だが、もう一度考えなければいけないのは、電気自動車が温暖化対策の切札かということだ。
電気自動車の環境負荷に関しては、状況によって異なり、一概に低いとは言えない。これは、従来からトヨタが主張していることだ。走行時のCO2排出量に関しては、電気自動車はガソリン車に比べて少ないのは事実だ。だが、製造過程、特にバッテリーの製造では、ガソリン車よりも多くの温暖化物質が排出されるため、全体的なCO2排出量を考慮する必要がある。製造から使用、そして廃棄まで全体での環境負荷を考えなければいけない。これが、現時点では電気自動車が完全に環境問題の切り札とは言い切れない理由だ。
充電する電気が、どのように発電されているかも大きな要素だ。特に、日本のように火力発電に依存している国では、充電時のCO2排出量が多くなり、電気自動車がガソリン車より環境に優れているとは言えない。一方、ヨーロッパのように再生可能エネルギーの比率が高い国では、充電時のCO2排出量が少ないため、電気自動車は、より環境負荷が低い。
電気自動車が環境に優れているかどうかは、その国のエネルギー供給構造や電気自動車の使用状況に大きく依存する。また、環境負荷を抑えるためには、電池の製造時のCO2排出量を削減し、充電時の電力消費を再生可能エネルギーにするなどの対策が不可欠だ。
このような全体的な電気自動車の評価が必要だ。ここまで考えるとEUが完全電気自動車化にブレーキを踏んだことが理解できる。このようなことがはっきりしてきたために電気自動車への期待が萎んでブームが沈静化したことが、テスラの販売台数の落ち込みに関係しているのかもしれない。
さらには、アメリカの大統領選挙も影響している。トランプ前大統領は、環境保護に対する懐疑的な立場を取り、環境規制を緩和する方針を力説している。電気自動車への補助金も打ち切られる可能性もある。「もしトラ」の可能性もあり、これは電気自動車普及に対する心理的な影響を与えていると思われる。このような心理面を考えると、やはり感情的に環境負荷を語るのではなく、客観的に全体的なCO2排出量の計算が必要だろう。
さらに、日本では、電気自動車に対して国や自治体の補助金が支払われているが、これもフランスのように自国産業保護の観点から対象車種を見直すなどの変更が必要かもしれない。イメージだけで電気自動車のブームに乗るのでなく、ヨーロッパのいくつかの国が経済や雇用を優先しようとしていることを見習った方が良い。