夜は暗い

by Shogo

夜歩いていると街が暗くなったことに気がつく。でも防犯などの目的のために真っ暗な場所はない。今までに比べて暗いと言うだけで特別に暗いわけではない。つまり今までが過剰に明るくしていたということだ。

なぜか日本はかなり明るかった。多くの海外の街と比べると明るいのだ。それは街も家の中も同じだ。 理由はよく分からない。でもそれが古くからの習慣でないことは、近代まで電気はなかったし、「陰影礼賛」を読んでも日本人は暗い部屋の中で仄明るい環境を好んだことを知ることはできる。

日本人に比べると欧米人、特に白人は、虹彩が薄く強い光に弱いことは知られている。冬にはほとんど日も差さないヨーロッパで進化を重ねた結果だろう。なので彼らは太陽の下ではサングラスを欠かせないし、部屋の中では明るい直接光は避けられる。そもそも目の構造が違うから余りにも明るいのは好まれない。なので結果として街も家もあまり明るくはないということだろう。

では、日本人の環境はなぜ陰影礼賛の世界から、蛍光灯で煌々とした世界に変わったのか。 理由はよく分からないが照明器機製造者や電力会社によって電気や器機の大量消費に飼い慣らされて、伝統的な陰影礼賛の価値観を捨てさせられたのだろう。

今回の事故の結果として、日本人は今までの暮らし方、必要なこと不必要なことをもう一度考え直さなければいけないと思う。悲惨な災害から学ぶたくさんの教訓の一つになれば良い。

街の灯は適度に明るく、過剰にならないことが重要だが、ニューヨークでは過剰なほど明るくしなければいけない場所がある。タイムズスクエアだ。ニューヨーク市の規制でこの地域は建物の正面から見て、数字は忘れたがある一定のルクス以上の明るさがなければいけないと決められている。このため、ビルの正面にネオン広告を取り付けるか自力の照明で明るくしなければいけない。結果としてネオン広告がこの地域を満たしている。逆にタイムズスクエア以外の場所では広告規制があり、明るいネオン広告などは認められていない。東京もこのような規則を作ることも必要かもしれない。不必要に明るくなくても、明るくて華やかな場所も街には必要だからだ。

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