ジェームズ・キャメロン監督の『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』が公開されて、。『アバター』がまた話題になっている。今回の作品も4億ドルを超える巨額の制作費が投じられたそうだ。まさに、キャメロン監督は大作主義のハリウッドの権化のような人だ。そして、結果も出している。
Box Office Mojoが示す歴代興行収入トップ200を眺めていると、キャメロン監督の実績がよく分かる。だが、そこには、マーケティングの観点からも興味深いことが読み取れる。
歴代ランキング上位10本
首位は2009年の『アバター』で29億2371万ドル。キャメロン監督が開発した革新的な3D技術で撮影された青いナヴィ族の惑星パンドラは、観客に3D体験という新しい価値を提供した。2位は『アベンジャーズ/エンドゲーム』(28億ドル)で、22作品にわたるMCUの壮大な結末を見届けるために世界中の観客が劇場に押し寄せた。3位『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(23.4億ドル)、4位『タイタニック』(22.6億ドル)と続き、トップ4のうち3作品をキャメロン監督が占める。
5位には中国発の『ネズハ2』が21.5億ドルで入り、興行収入の98.9%が中国国内からという驚異的な数字を記録した。6位『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(20.7億ドル)、7位『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(20.5億ドル)、8位『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(19.2億ドル)、9位『インサイド・ヘッド2』(16.9億ドル)、10位『ジュラシック・ワールド』(16.7億ドル)——トップ10のうち9作品が2009年以降の作品で、唯一の例外が1997年の『タイタニック』だ。
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』と『タイタニック』以外は見ていない。天邪鬼の性格のゆえか、このような大作人気映画には興味はない。
個人的には関係がなくても、ランキングには意味がある。
映画マーケティングの心理学
まずは、マーケティングの観点だ。みんなが知っている物語ほど、購入のハードルが下がる。映画は情報が多い商品だ。観る前に品質を確かめにくい、典型的な経験財だ。だから観客は、無意識にリスクを減らす意思決定をする。シリーズ名、監督名、スタジオ名、前作の評判。要するに外れにくい経験・評判を買う。
だから、トップ20のうち、実に15作品が既存のシリーズ作品だ。マーベル、『スター・ウォーズ』、『ジュラシック・ワールド』、『ハリー・ポッター』だ。これらは単なる続編の羅列ではない。ブランド・ロイヤルティの心理学が示すように、観客はキャラクターやストーリーへの社会的・感情的絆を構築し、それが強力なブランドへとして定着する。
参加の心理学
もう一つは、参加の観点だ。大作映画の現象は、もはや映画を観るという行為を超えている。観客は1本の映画のチケットを買うのではなく、巨大な物語世界への参加権を購入している。消費者がシリーズ映画の人物や世界観に対して文化的アイデンティティを形成すると、購買行動だけでなく、積極的にSNSでシェアし、影響の輪を広げていく。ネタバレ回避、SNSの共通話題、職場や学校での雑談。映画館のチケット代には、内容だけでなく社会的参加費が含まれている。
キャメロン監督の魔法
そして、『アバター』の成功を語る上で、3D技術は避けて通れない。3Dを単なるギミックではなく、スケール感と没入感を生み出す手段として織り込んだと評されている。観客は映画を「見る」のではなく、映画の提示する世界を体験したと言うことだ。見ていないから分からないが、その3D表現は、観客を徹底的に没入させるようだ。映画の二次元表現からアミューズメントパークへの飛翔と言えるのかもしれない。
中国市場が書き換える興行収入
もう一つ全く知らなかったのは『ネズハ2』だ。歴代5位の数字が物語るのは、世界の映画市場における力学の変化だ。2021年時点で、中国の興行収入トップ10のうち9作品が国産映画だったようだ。79位の『長津湖の戦い』は9億ドルを記録し、その100%が中国市場からの収益だ。しかし、先に書いたように『ネズハ2』も興行収入の98.9%が中国国内からだ。それで歴代5位だ。地政学観点から西側からの分離を進める中国市場の位置と、だが、その世界市場でのインパクトがよく分かる。
インフレ調整後の真実
だが、このランキングにはひとつの大きな歪みがある。インフレ調整されていないため、最近の作品が圧倒的に有利なのだ。インフレ調整済みのランキングでは、1939年の『風と共に去りぬ』が45億ドル相当で首位に立ち、『アバター』は15位まで後退する。
真の王者『風と共に去りぬ』は、1939年から1940年にかけて何度も再公開され、累計で2億200万人もの観客を動員した。当時のアメリカの人口が約1億3000万人だったことを考えれば、この数字の凄まじさが分かる。1977年の『スター・ウォーズ』も同様で、最初の公開時には全米でわずか32館でしか上映されなかったにもかかわらず、口コミで広がり、1年以上にわたって劇場に留まり続けた。
しかし、この「不公平」なランキングにも意味はある。1939年の観客が劇場に何度も足を運んだのは、娯楽の選択肢が限られていたからだ。映画は何ヶ月も上映され、繰り返し再公開された。対照的に、2025年の観客は、Netflix、YouTube、TikTokという無数の選択肢の中から、あえて映画館を選んでいる。その意思決定プロセスは、SNSでの口コミに強く影響されているのは、想像に難くない。Instagram、TikTok、YouTubeでのユーザー生成コンテンツが、特にZ世代の映画鑑賞決定に決定的な役割を果たす時代だ。
つまり、インフレ調整前のランキングは、過去80年で最も多くの人々が映画館に足を運んだ作品ではなく、現代の観客が最も高い金額を支払った体験を示している。チケット代が10ドルから20ドルに上がったとき、観客は何に価値を見出しているのか。3D、IMAX、プレミアム座席など映画館は単なる映画鑑賞の場から、特別な体験を提供する場へと進化している。それが、今の映画鑑賞だ。だから、「アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ」も大ヒットしてランキング上位に入るのだろう。
