W杯放送権の高騰

by Shogo

参議院の総務委員会で、立憲民主党の議員が、NHKの専務理事にFIFAワールドカップの放送権の購入の金額や購入先について質問している映像を見た。NHKは、購入金額は契約の守秘義務で答えられないとして、購入先は電通と明らかにした。これはメディアでも報じられているので、わざわざ聞くことでもないと思うが、NHKから収賄事件や談合、疑惑等の中心にいる電通から購入していることを、ひきだす狙いがあったのだろうか。どのような意図なのだろう。購入先について聞くのは良いが、それが、どこでもNHKを責めるのは筋違いである。そもそも、放送権の販売方法そのものは、FIFAが決めている。また、全てにFIFAの承認が必要だ。NHKを責めて仕方ない。

放送権ビジネスに関わってこなかったので、詳細に通じていないが、今までメディアで興味を持ってフォローしてきた。その一般的な報道の結果から見ても、過去に報道されてきたような内容が忘れ去られ、スポーツの分野において電通が悪の張本人に仕立てられているように感じている。

その一つは、2002年からFIFAワールドカップの放送権料だ。電通の操作によって高騰したという話がネットやメディアで多く見られる。だが、それは事実ではない。当時の報道や、関係者からヒアリング行った研究者の著作物でも、高騰の原因はFIFAのビジネスモデルの変更ということだ。

2002年大会から、FIFAはそれまでのビジネスモデルを改めて、放送権ビジネスに大きく舵を切った。きっかけは2つある。一つはすでに先行するIOCが、オリンピックの放送権料を引き上げて放送権を主要な収入源としたこと、もう一つは、当時のアベランジェ会長、ブラッター事務総長の執行部に対して、UEFAヨーロッパサッカー連盟が対立した結果だ。UEFAはいくつかの提案を行ってFIFAの改革を訴えた。その結果がビジネスモデルの変更だ。

それまでは、FIFAは、スポンサー収入を主要な収入源として、テレビ放送は、世界各国の公共放送に低廉な価格で販売し、収入よりむしろ露出を重視した。露出が保証されているために、大会の広告看板が高く売れたのだ。しかしUEFAは、これに対して批判的だった。

このために、当時の執行部は、2002年と2006年のワールドカップの放送権については、それまでの公共放送連合などに販売することをやめる決断をして、全世界一括の放送権の競争入札を行った。つまり、ビジネスモデルを大きく変えて、スポンサーシップビジネスから放送権ビジネスに転換した。

この入札の最終的な候補は3社あった。ワールドコンソーシアム、IMG、ドイツのメディア・コングロマリット、キルヒとFIFAの商業権のエージェントのISLの親会社のスポリスの企業連合だった。キルヒとスポリス連合が、入札の勝者となった。この落札金額は、2002年と2006年の2大会分で28億スイスフラン。当時のレートで約2500億円である。キルヒとスポリス(実体はISL)の分担は、ヨーロッパがキルヒ、それ以外の世界各国がスポリスだった。

FIFAからの高額な購入金額を賄うために、スポリスが、開催国であり時差のない日本市場に要求した金額は、250億円だったと言われている。1998年大会の際にNHKがFIFAに支払った金額は、当時の報道では5億円からの6億円ほどと推定されている。実に50倍ほどの値上げだ。これが2002年の大幅な値上げの理由であり、電通が介在して釣り上げを図ったと言うようなことではない。この事実は、当時は多くのメディアで取り上げられ、研究者も書籍や論文等で発表している。これが忘れ去られて電通の操作というように、多くの場所で記述されている。

起こったことは、価格の釣り上げではなく、純粋にビジネスモデルの変更による競争入札のために、価格が上がっただけだ。これは先立つこと、20年前の1984年にIOCは放送権料を高く設定して、スポンサーシップと共に大会の原資とした。これに、FIFAが倣ったにすぎない。

入札後に、ヨーロッパ以外の全地域の放送権の独占権を得たスポリスとISLが倒産したために、契約によってキルヒがその権利を引き継いだ。だが、そのキルヒも倒産したために、スポーツ部門であったキルヒ・スポーツが、さらにその権利を引き継いだ。FIFAワールドカップの放送権に巨額の投資を行った2社が倒産したということになる。倒産の原因は、FIFAに保証した28億スイスフランではないが、無謀な投資を各分野で行っていたためと言われる。その意味では、競争入札で一番高い金額をつけた両社は、ワールドカップの放送権にも高い金額をつけていたのだろう。その結果が、日本での放送権の高騰だ。

キルヒ・スポーツは、その後、他の会社と合併して、インフロント・スポーツと名前を変え、FIFAの放送・ライセンシングのエージェントして存続している。インフロント誕生時に、中心になったのがブラッター会長の甥であったために、公私混同という批判もあった。

だが、インフロントは、FIFAだけでなく、イタリアのセリエAドイツサッカー連盟(DFB)など他の競技団体ともビジネスを行い、2002年以来、FIFAワールドカップの中継番組を制作するHost Broadcast Services(HBS)も完全子会社だ。この会社は、ラグビーワールドカップでも制作会社でもある。

インフロントは、何度か資本構成が変更され、2015年よりは中国のワンダ・グループの子会社になっている。この買収には1000億円以上の金額が投じられた。スポーツに起きては有力な会社として成長を続けている。この分野で20年に亘って力が衰えないのは珍しいくらいだ。

2002年と2006年の放送権入札以来、アジア地域では、FIFAは代理店入札を行ってきた。一時は、インフロントと電通が合弁会社を作り、共同でビジネスを行っていた時代もあったが、現在は電通は日本でのFIFAの代理店で、インフロントは、日本と一部地域を除く、それ以外のアジアでの代理店として機能してきた。

だが、この契約は2022大会までで終了することになっており、2026年大会以降は、他の地域と同様に代理店を使わず、FIFAが直接、放送権を販売する形に変更される。つまり、電通もインフロントも、FIFAワールドカップの放送権ビジネスを失う。

今後は、NHKも含めて、日本の放送局やインターネット配信会社は、FIFAと直接、価格交渉をすることになる。どのような交渉なのか想像できないが、今回の日本代表の活躍を受けて、日本での放送権がますます高騰することも予想される。

今日は、朝から雨で散歩に行けず。トーナメントステージのアルゼンチン対オーストラリア戦を見ながら昔を思い出していた。起きたら、すでにメッシが得点していた。大会通算9得点目。記録がまだ伸びそうだ。

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