To say goodbye is to die a little

by Shogo

これからあと何冊の本を読むのだろう。短いもので1日未満、長くて数日から1週間、英語なら時間がかかる。平均して週に3冊として年に150冊。そこから考えても数千冊の上の方は難しそうだ。読まなければいけない本のリストはいくらでも作れそうだが、読みたい本のリストは難しい。なぜなら読みたい本は、もうすでに読んでしまった本だから。

時々、昔の音楽を聴くように読んだ本が読みたくなる。なので、読める本の総数はさらに減ることとなる。

「ブレードランナー」をまた見たらチャンドラーを読みたくなって、「The Long Good-bye」を買った。Kindleなら、その場で本が買えて読み始めることができる。もうすでに翻訳と英語で何回か読んでいるが、フィリップ・マーロウのあの語りが読みたくなるのだ。そんなことで、久しぶりにチャンドラーを楽しんだ。今回は、英語で読んだが、そういえば村上春樹の翻訳の「ロング・グッドバイ」が出ているのだ。古い翻訳の「長いお別れ」というタイトルが気に入らなかったので、「ロング・グッドバイ」が良い。「長いお別れ」は、好きになれない。

改めて読むと、いつも読んでいるマイクル・コナリーが、いかにチャンドラーに影響を受けているかよく分かる。読んでいて、マーロウかハリー・ボッシュが分からなくなってくる。彼らは、理想的な男の典型だ。正義感があり、情にもろくて、自分には厳しい。大事なことは、あまり自分のことや感情を語らないことだ。これは、まるで、自分の反対のような男だ。

結末は知っているからストーリーを追うのではなく、マーロウの生き方と考え方を追うのだ。そして、それに応じて出てくる彼の言葉を楽しむのだ。この小説には誰でも知っている有名な台詞がでてくるが、「さよならを言うことは、少しだけ死ぬことだ」もその一つ。これは特に人でなくても、色々なものや時代との別れも意味できると思う。長い間、この言葉を、さよならを言うと自分の中で何かが壊れて、死に近くという意味に考えてきた。しかし、死が、本当の別れなら、さよならを言って別れるということは、死のような本当の別れではなく、短い間の死のような状態であるということらしい。

以前は、古い翻訳の「少しの間だけ死ぬことだ」というのは、誤訳と思っていたが、その解釈に立てば、正しい訳だ。でも、そんな形通りの言葉の意味より、自分が思っていた意味の方が、この小説にふさわしいと、今でも思う。

この小説でギムレットを知った。それで初めてアメリカに行った時、酒屋を探して「ローズのライムジュース」を買おうとしたが、なかなか見つけられずあちこち探したのだった。やっと見つけて2本買って、1本は帰ってからギムレットを作ったが、2本目は大事にとっておいて駄目にした。

ギムレットと言えば、アメリカで正統的なギムレットにお目にかかるのは難しく、 たいていは氷が入って出てくる。美味しいギムレットが久しぶりに飲みたくなった。

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