ライカというカメラと私

by Shogo

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写真家の田中チョートクさんの本に「カメラには、ライカとライカ以外がある」という言葉が出てくる。ライカというのは超高級カメラの代名詞としてよく知っていたが自分には縁遠いものだった。

でも、本当は超高級カメラの代名詞としてではなく、普通に使われている35mmのカメラのサイズはライカ版でライカが35mmサイズのカメラの代名詞だと知ったのは、ずっと後だった。

縁遠いと思っていたカメラを使ってみようと思ったのは、その35mmフィルムカメラの進化形としてデジタルカメラが登場して普及が始まり、フィルムカメラに価値がなくなって、ライカのカメラといえども現実的な価格になった今世紀に入ってからだ。当時はまだライカのレンズをデジタルで使うというようなアダプター遊びも始まっていなくて、今なら高価なズミルックス35mmとかズミクロン8枚玉なども現実的な価格だった。といっても十分に高価だが、ニコンなどの高級レンズに比べてもそうは高くはなかった。

私の世代はレンジファインダーカメラが一般的だった時代でなく、一眼レフカメラが使われている時代に育って、それまで使ったカメラも一眼レフカメラだったので、初めてライカを使った時にはそのサイズと静かなシャッター音に感激した。

ライカを買おうと出かけ行った私は、新宿から中野を回って決めていたM3とズミルックスの組み合わせでたくさんの種類を見て、最後のフジヤカメラで店員から使いやすいからとより新しいM6を勧められて決定。その頃はまだ感度分の16で取っていなかったから露出が分かるほうが良いでしょうという店員のアドバイスを受け入れた。ズミルックス35mmはもともと憧れがあって決めていたのだが、先に書いたようにその頃は価格の谷間のころでまだ手が届いた。買ってすぐにフィルムを入れて夜の街を撮りながら帰っきた。デジタルではないので撮った時には写りはよくは分からないのだが、撮りながら興奮していたのを覚えている。

そのM6は中古という言葉から想像のできない、新品のようなカメラでほとんど使った形跡がなかった。そのためか使い始めて1週間ほどでフィルム3本撮ったあたりでシャッターがおりなくなってしまい、フジヤカメラで交換になった。無料で交換してもらって代わりになったM6も同じく新品のような中古だった。

ライカというカメラは、多分あまりにも高価だったことから購入者全員ではないにせよ多くの人はあまり使わずに大事に仕舞っていたようだ。その証拠に、その新品のような中古のM6は数ヶ月したらボディの上部の黒いクロームが薄くなって銀色の下地が見えてきた。大切なカメラなので大事に使っていたが使うというだけですぐに黒が薄くなったのだ。前の持ち主の使用頻度がよく分かる。

ライカというカメラの魅力はモノとしての美しさや質感だけにあるのではない。最初にM6とズミルックス35mmで撮ったフィルムの現像が上がった時点で完全にライカの魔法にかかってしまった。その写りや立体感、空気感に魅了されてしまった。その時からカメラ病の悪化が始まった。

その時点ではすでに、ニコンFシリーズをF1, F2, F3, F4とコンプリートする勢いで使っていたのだが、ライカ病の始まりとともにF3とデジタルのニコンを除いて処分してライカ収集が始まった。(この項続く)

 

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