情報の信頼性

by Shogo

家を出るのを、短い時間のエルの散歩にして外気にあたる時間を最小限にした。それでも、花粉症の症状はあまり変わらない。家の中にも花粉が入ってくるのは止められない。

同じことが福島第一の内部避難のエリアでも言えそうだが、政府は何を考えているのだろう。家の中にいれば浮遊物などの吸い込みは少しは減るが、完全に止めることは出来ない。それで数値の安全範囲内に収まるからという論理だろうが、その安全基準の数値そのものが信頼できない。これも「ただちに健康への問題はない」ということなのだろうか。この「ただちに」に止めて、問題があるのかないのか明確にすべきだ。

同じような例は、ほうれん草だ。初めは、そのままのほうれん草の検査をしたが、次からは流水で良く洗ってから検査した数値だ。東京都の水も同じ。安全基準を超える数値が出たが、次の日には通常の4倍の活性炭を入れてから検査した。このような状態で、健康に安全かどうか検査できるのだろうか。最初から、「ただちに」問題ない数値を発表しようとしているとしか思えない。

原発事故のそもそもの原因や初動の問題などこれから明らかにしなければいけないが、今はともかく国民の健康を守り、そのためにあらゆる情報を公開すべきだろう。 そういう意味で、少しづつ避難地域を拡大したり、今は「自主避難」という言葉を口走るなど、真剣に国民の健康を考えているとは思えない。

そうなってくると記者会見で発表される情報などの信頼性は低い。どうせ政府は表面を取り繕って実際や本当も問題を明らかにしないのだからということが国民の理解になりつつある。だからネットの情報などにリアリティを感じてしまうが、これが健全な政府のありかたなのだろうか。

「原発は事故を起こしませんよ」という説明が破綻し、今となって、「一定量以下の放射能は安全ですよ」というキャンペーンを始めたような感じだ。それが「ただちに」が前提では話にならない。そう言う意味では枝野さんさんが喋っているが内容は彼の言葉ではないということなのだろう。

経済的に国が破綻する恐怖が今までもあったが、今の恐怖は国民が死滅することだ。

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