シャッターを押すということ

by Shogo

昨日はオルセー美術館へ。すごい混雑ぶりだった。ゆっくり絵を見ていられない。それといろいろな角度から伸びてくるカメラ。デジカメ特有の撮影方法は手を伸ばして液晶を見ながら撮ることだ。だからその手がいろいろな方向から伸びてきてひどい時には私の頭の真横にカメラがくる。

デジタルカメラが実用化されてからシャッターを押すことの意味が変わった。フィルムカメラの時代にはフィルム代も現像代もプリント代もかかっていた訳だが、デジカメではこういう費用はかからない。だからとりあえずシャッターを押して記憶の代用にする。だからシャッターを押す回数は飛躍的に増えたはずだ。それに撮る対象も大きく変わった。以前は家族写真だったり、重要な出来事の記念だったり、旅行だったり、生まれたばかりの子供だったりした。前にフィルム会社の人に普通の人は最初の子供が生まれた1年目に一生のフィルムの消費量の半分を使ったと聞いた。今、私たちが撮る写真は日常の小さな出来事だったりする。

絵画の場合には、撮影した写真を持つことで、所有欲も満たすことができる。それに、デジカメで撮影した写真は、美術館で売っている絵葉書などより彩度が高かったりして実物に近かったりする。私も絵を写真によく撮っている。

とは言え、混雑した美術館で絵を端から撮って歩くというのはいかがなものか。写真を撮っているとフレームの中に入れなくて絵を見るのに邪魔になったりする。混雑している場合の写真のエチケットもあるだろう。

私も街を歩いて自分の記憶として、目に入ったものを端から撮ってみた
旅行中のため読ませていただいておりますブログを回っておりません。帰国後、正月休みにゆっくりと読ませていただきます。

またいつも下手な写真と拙文をお読みいただき、ありがとうございます。単身赴任の暇にまかせて始めてみたブログも、いつもNICEやコメントをいただいたお陰で続けてこれました。毎日何かを書いたりすることがなかった私ですが三日坊主に終わらずに続いております。きっとこれ自体、私の息抜きとものを考えるトレーニングになっていると思います。ありがとうございます。

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