この数日で中国に対する見方が変わった。地震の被害は甚大で進行中の事態は悲惨なので、このような感想は不謹慎かも知れないが、私が見聞きして感じたことを素直に記す。
街頭テレビで瓦礫の中からの救出の様子や被災地についてのニュースを立ち止まって、みんな見ている。これだけなら、聖火の到着の時のニュースを見ていた人が多かったことと同じだ。でも、赤十字の献血をいつも行っている場所を通りかかったら、いつもの数十倍の人が長い列を作っていた。圧倒的な違いだ。これは一昨日のことなので明らかな関係があると思う。
あちこちで義捐金を集め始められたと聞いたが、私のいる会社にも義捐金の箱が置かれた。これも珍しくないかもしれない。でも、そこに寄付をしている若い社員が百元から数百元もの寄付をしているのを見て、本気で考えているのだと感じた。彼らの給料からすれば結構な金額だからだ。小さな会社だがかなりのお金が集まっている。物価を考えると百元は八千円から一万円に相当すると思う。同じ立場で自分はそんな高額の寄付はしなかったと思う。私も寄付したが私の年収は彼らの何倍もあるから彼らのレベルからすると低かったかもしれない。
中国に来てから、曰く中国では身内と同郷の人以外は他人どころか敵に近いとか、曰く家の外のことには関心もないから道路が汚いとか、分かったようなことを考えてきたが、みんな間違いかもしれない。私のような浅はかな人間は、何とかは何とかだと決め付けて理解できたような気になって安心しているが、現実や世界はそんな簡単ではないということだ。だから楽しいし、だから生きることは良いことなのかもしれない。
先日来の聖火の海外での問題で盛り上がった愛国心が関係するのかしないのか、そんな分析はこの際関係ない。私が感じるのは、中国で起こったこの災害を中国の人が気にかけているということだ。そして中国人はと考えていた私は間違っていた。
他人のことは構わないという、中国のことをよく知らない私の単純な決め付けが間違っているということだ。中国にも日本にも他の国にも、いろいろな考え方をする人がいて、何人はこんな人という決め付けは出来ない。これからは、もっと素直に考えようと思った。中国のことであっても、ほかの事であっても、自分で見て自分が感じるまで、人の言うことは信じない。
日本と台湾の人が救助に入れることになったようだが、これは残念ながら遅すぎる。昨日も救助される子供の映像がテレビで映されているが、日がたつにつれ救助の可能性は低くなっている。関西大震災の経験のある人がすぐに救助に行けていればと悔やまれる。
ミャンマーの状況といい、四川省といい、そこにいる人たちのことを考えると今日も安全に暮らせることに感謝しなければ。
昨日の続き。
虎坊路からどんどん胡同を東に歩く。何度か曲がったりしているので、胡同の名前も元の香廠路ではないと思う。歩いていると遠くに人ごみが見えてきた。
近づくとどうやら市場のようだ。商店と露店がかたまって野菜やら肉やらを売っている。たくさんの買い物客で活気がある。
写真を撮っていると、咎めるような目つきの人がいたので撮影終了。
やはり観光地でないこういう場所では大げさな一眼レフは撮影に向かない。あるいはカメラを持たないでゆっくり見学すべきだったと反省。
普通に暮らす人の写真をむやみに撮って歩く外国人というのも、ある意味、暴力的な行動かも知れない。
市場での撮影を諦めて、さらに東へ。家の修理をしている人たちがいる。
人通りの少ない胡同に入る。名前は知らない。古びて汚れてはいるが雰囲気のある通りだ。
同じような玄関がいくつも並ぶ。
行き止まりになって、家の建築が変わる。新しい街なのだろう。
さらに東に進む。すでに前門の南は過ぎた。
きれいにパラフィン紙のような紙に包んだ串焼きを 焼いて売っている人。道端の屋台にしては清潔な感じがする店だ。
あちこちで見かける路上の散髪屋。冬場は少なかったが、またあちこちで見かけるようになった。
このあたりで散歩終了。タクシーを拾って帰った。