先月は、待合室にいる時間が長く、本も読む気にもなれず、Apple TV+で、コメディの「Ted Lasso」を少し見た。アメリカの大学のアメリカンフットボールのコーチが、イングリッシュ・プレミアリーグ(EPL)のコーチとして、サッカーを何も知らないまま、コーチをするというお話だ。自分の気分は別にして、面白いお話だから最後まで見るつもりだ。やはり、スポーツは面白いし、スポーツを舞台にした話も面白い、
イングランドサッカーのトップリーグであるEPLは、あらゆるスポーツを含めて、世界のトップクラスのリーグだ。 スペインのリーガ・エスパニョーラ、イタリアのセリエA、ドイツのブンデスリーガ、フランスのリーグ・アンと並ぶ、ヨーロッパの権威ある「ビッグ5」リーグの一角を占めるEPLは、世界最高峰のプレーヤーを集めて、サッカーファンの関心の中心だ。Ted Lassoは、そのEPLの最下層の弱小チームという設定の架空のRichmond FCのコーチだ。Richmondは、ラグビーの仕事で何度も訪れたから親近感が湧いた。
EPLの成功は、サッカーの母国のリーグということでなく、莫大な資金の流入が、起こした現象だ。特に、この20年間で、前例のない規模の資金が流入した。この現象は、サッカーを根本的に変えるほどの影響をもたらしている。この変化は、放送権料の高騰、富裕なオーナーの参入、そして事実上の国家支援クラブの登場によってもたらされた。
EPLの放送権料は、驚異的な増加を見せている。2007年から2010年の期間には約31.6億ドルだった放送権料が、2022年から2025年の期間には約128.5億ドルへと、ほぼ4倍に増加した。この放送権収入の急増により、クラブはかつてないほどの資金を手に入れ、選手の移籍、給与、そして最先端の施設への投資に大きく資金を投じることが可能になった。
この増加の背景には、EPLのブランド力、競技の質の高さと、全世界でのファンベースの拡大がある。EPLの試合は世界中で放映され、数百万人の視聴者を獲得している。この広範な視聴者層は、放送権を購入するメディアにとって非常に魅力的であり、それが放送権料の増加につながっている。
さらに、放送技術の進化も放送権料の増加の要因だ。高度な放送技術と、サブスク配信などのマルチプラットフォームでの配信により、ファンは世界中どこからでも、多くのデバイスでEPLを楽しむことができるようになった。これにより、放送権を持つメディアは広告収入やサブスクリプション収入を増やすことができ、より高い金額をEPLに支払うことができる。
そして、EPLを大きく変えたのは、富裕なオーナーと国家支援クラブの登場だ。
富裕な個人によるクラブの買収は、EPLに新たな資本とビジョンをもたらした。これらのオーナーは、しばしば他のビジネスの成功者の富裕層で、フットボールクラブをステータスシンボルとしてだけでなく、投資の機会と見なしている。例えば、オリガルヒとして有名になったロシアのロマン・アブラモビッチは2003年にチェルシーFCを買収し、その後のクラブの成功に大きな影響を与えた。彼の資金提供により、チェルシーは高給の選手の獲得と施設の改善を行い、国内外のタイトルを多数獲得している。
一方で、マンチェスター・シティのようなクラブは、国家支援の形で大規模な投資を受けている。2008年のアブダビ合同投資グループによる買収以来、マンチェスター・シティは中堅クラブから世界的な強豪へと変貌した。このようなクラブは、選手の移籍市場での高額な支出が可能で、メッシやロナウドなどに匹敵する世界クラスの選手を獲得し、国内リーグやヨーロッパの大会で成功している。マンチェスター・シティの2023年の3冠は、彼らの財政的優位性の結果とも言える。
マンチェスター・シティは、金銭的な力を背景にEPLでの成功を収めた典型的な例だ。買収前のマンチェスター・シティは、中位以下の成績に甘んじるクラブだった。大きなタイトルからは遠ざかっており、チームの選手層も限られていた。同じ町のマンチェスター・ユナイテッドの陰に隠れる存在だったと言って良いだろう。それが、高額な移籍金でトップクラスの選手を獲得し、監督やコーチングスタッフの質も大幅に向上した。また、トレーニング施設やアカデミーの改善も行われ、クラブの基盤が強化されていた。
このように、資金力により戦術面と管理面でも大きな進歩を遂げた。特に、ペップ・グアルディオラ監督の下での戦術的な洗練さと革新は、攻撃的で支配的なサッカースタイルが確立され、タイトル獲得につながった。
これらの一部のクラブの金にものを言わせた選手の買い漁りは、EPLの競争構造にも影響を与えている。資金力のあるクラブは高額の移籍金と給与でトップクラスの選手を獲得できるため、リーグ内での力のバランスが変わりつつある。EPLの一部のクラブは、より多くのスター選手を擁し、国際的な注目度が高まる一方で、財政的に恵まれないクラブとの間の格差が広がっている。
選手給与に関しても、マンチェスター・シティに限らず、EPLは他のリーグを凌駕している。EPLが世界のトップ選手たちにとって魅力的な目的地となっているために、多くのタレントが集まって、さらにリーグの魅力が高くなるという好循環が起こっている。
移籍市場における支出では、EPLは他のリーグを圧倒している。例えば、2022/23シーズンではEPLのクラブは合計で27.8億ポンドを転送市場に投じたそうだ。これに対し、イタリアのセリエAやスペインのラ・リーガ、ドイツのブンデスリーガのクラブは遥かに及ばない。
EPLは、世界のサッカーリーグの中で特別な地位を築き上げた。ちかし、EPLの中でもクラブの財政格差の問題が顕著になりつつある。今後、資金力のあるクラブとそうでないクラブとの間の格差は、リーグ内での競争のバランスを崩す可能性がある。これが、リーグの健全な発展を阻害する可能性も数多く指摘されている。
ある意味でバブル的な現在の財政モデルが長期的に持続可能かどうかは、誰にも分からない。他の産業でのビジネス成功者や国家という、スポーツの外側からの資金の流入により支えられているのは健全な経済モデルと思えない。いつまで続くのか、世界的な不況などの影響を与えて真っ先に受ける可能性がある。