「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」

by Shogo

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早稲田の探検部の角幡 唯介さんのノンフィクション。氏はこの作品で、第8回(2010年) 開高健ノンフィクション賞と第42回(2011年)大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞。この本の内容からして、ノンフィクションの両賞を受賞したの も当たり前という秘境の大冒険物語。

友人から聞いたNHKの番組、「天空の一本道~秘境・チベット開山大運搬~」 のことを調べていて、ツアンポー峡谷のことに辿り着いた。興味がわいて、中国インド国境の、このチベットの渓谷の話がおもしろそうで、この本を読んだのだ が、命をかけた冒険というのはこういうことなのだろうと思った。著者は何度か冒険の挑むことの意味を書いている。彼以前にも多くの人がいた。彼の体験とそ のいきさつを読んでいて、こういう命がけの冒険に挑みたくなる気持ちが少しだけ分かったような気がする。気がするという部分が重要で、この本に出てくる命 がけの部分はとても無理で、冒険の結果として彼が到達した気持ちが少しだけ羨ましく、少しだけ想像できるという意味だ。

100年近い時間を かけて多くの冒険家が、この地域に挑み、それでもまだ未踏の空白のエリアが残っていたというのは驚きだった。エベレストのてっぺんから南極北極の極点ま で、人類が到達していない場所が残されていたとは知らなかった。 角幡氏はまさに命をかけてこの地域に挑んだのだ。その冒険の様子が詳しく、その時の状況や気持ちも含めて書き込まれている。

おもしろかった のは、2001年ころにはまだ未開の村落だった場所に、2008年になると携帯電話網が完備し、それまでは郵便もなさそうな村がいきなり北京や東京と同じ ように携帯で話したり携帯で音楽を聴くようになっていること。角幡氏が書いているのだが、歩いてはいけないようなこのツアンポー峡谷ですら、 GoogleMapでかなり詳細にみることができる。読んでいて、チベットの山奥にテクノロジーというか文化が伝播して、生活を変えていく様が実感でき る。

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「空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む」からの引用

「死ぬような思いをしなかった冒険は面白くないし、死ぬかもしれないと思わない冒険に意味はない」
「あらゆる人間にとっての最大の関心事は、自分は何のために生きているのか、いい人生とは何かという点に収斂される。(略)冒険は生きることの全人類的な意味を説明しうる、極限的に単純化された図式なのではないだろうか」

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写真は北京郊外の村

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