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西安に到着後、ホテルに向かい荷物を下ろした後ですぐに出発。途中で昼食を食べ、メインの目的地である兵馬俑に行く。万里の長城や天安門などの別格を別にすれば、兵馬俑の観光の人気は日本人よりも欧米人で圧倒的に高い様な気がする。日本人もたくさん行くし人気も高い場所ではあるが、欧米人は熱狂的に兵馬俑が好きな気がした。単なる感じですが。
それはいくつか理由があるのだろうが、その一つは歴史上の重要な発見が私たちの時代に起こったということがあるかもしれない。 歴史上知らない人がいない秦の始皇帝の墓が現実に発見されたというニュースは十分驚くに足りる出来事である。
伝説としてあった始皇帝の陵が現実に発見されたのは1974年で、まだ37年前のことだ。発見したのは井戸を掘っていた農夫で、この方は今でも兵馬俑博物館に出ていて頼めばサインがもらえるそうだ。私たちが行った日には残念ながら、この方の姿は見えなかった。
ツアーのガイドが言うには1974年に発見されたのは神の意志であるという。つまり、それ以前に発見されていたら、文化大革命によりすべて破壊し尽くされたはずだから、このタイミングが良かったという説明だった。
このガイドは文革や毛沢東についての客観的な批判を行ったが、これは外国人に対して英語だからなのかもしれない。中国人に中国語で同じように話しているのだろうか。多分、しているような気がする。毛沢東は国家のシンボルとして今でも使われているが、その功績と晩年の行状は区別されて評価を受けているのだと思う。
兵馬俑博物館は広大な場所で、バスを降りて相当歩いてやっと博物館の3つの建物に到着する。始めに入ったのは、ほぼ発掘が終ってきれいに展示用に兵士や馬車が並んでいる1号抗。写真の様に無数の兵士が並んでいる。